越してきた家で怖いことが起こり、調査したら曰くありの中古物件であったという、そういう話です。
何があったのか。惨殺事件です。
誰が死んで、誰が犯人で、犯人はその後どうなったのか。ダニエル・クレイグが演じる父ちゃんウィルがかぎ廻ります。そしていろいろと真相がわかってきたりする、そういう系です。
最初はホラーテイストで、ちょっと怖い演出も目立ちます。そして謎解きのミステリーと意外な展開のスリラーでぐいぐい見せます。
最後のほうは「やっぱりそうなんのかよ」みたいな呆(..略..)となります。
ナオミ・ワッツとレイチェル・ワイズが出てるのでそれだけで見ました。主演の父ちゃんを演じたダニエル・クレイグは最新の007、ジェームズ・ボンドらしいですね。
そして、ダニエル・クレイグとレイチェル・ワイズはこの映画の撮影がきっかけで結婚したんだそうです。おめでとさんおめでとさん。
ちょっとした息抜きに最適な安心印の娯楽ミステリーです。
ちょっと怖くて、ちょっとびっくりして、ちょっとドキドキします。
映画の内容より「ナオミ・ワッツ出てる」とか「ダニエル・クレイグとレイチェル・ワイズが結婚した」とか「髪型が」とか、そんなふうな話題ばかり目立つのは、まあ、そういう映画だからです。
でも私は敢えて擁護したいと思います。
中盤まではとてもいい感じで進行します。怖い空気、怪しい隣人、そして途中の展開も悪くないです。内心「オチがこれだったら流石にうんざり」と思いながら観ていたんですがオチがそれではなく、普通に中盤に持って来たのでほっとしました。
中盤以降も悪くないんですが、クライマックスあたりから様子がおかしくなってきます。安心印娯楽作品の悪いところが噴出した感じで、演出も突然気が抜けたようなものに変わってしまいます。
いや、よくよく思い返せば、最初から部分的に良くない演出が散見されていました。
私は心が優しいので、悪いところを見て観ぬふりをして、ちゃんと楽しんでいたんです。が、映画部の奥様は映画が終わった瞬間に「ぷっ」とか吹き出して「あ〜あ」と残念そうです。
「おいおい失礼なやつやな。おもしろかったやん」
「どこが」
「え…いろいろ」
「ほんまかー。その割にはエンドクレジット出てるのにもう席立ってるやん」
「あ」
エンドクレジットでは女性ボーカルの流行歌っぽい曲がまだ流れています。映画と無関係のタイアップ流行歌をエンドクレジットで流すなんてまるで日本映画かスペイン映画みたいです。
というわけでどういうわけかというと、根っこは悪くないし最後のほう以外はストーリーも悪くないのに、ところどころの悪さとオチ近くの馬鹿馬鹿しさでとても損をしていると思った作品です。
でもまだしつこく監督を擁護したいのです。そのわけは妄想です。どんな妄想かというとこんな妄想です。
映画は監督のものだと思いがちですがハリウッド大作では違います。監督の権限などあまりありません。聞くところによると、会社側が派遣している別機動の撮影チームや監督がいて、保険みたいなつもりで別シーンを準備するそうです。そして編集時に勝手に「こっち採用」とか言って監督の意思とは無関係にビジネス的にイケそうな内容に作り変えたりすることがあるのですって。
普通の映画と違い、大手配給の映画はビジネス商材ですから、そういう作品にとって監督なんてただの現場監督にすぎません。ありがちな話であります。都市伝説かもしれませんけど。
別機動チームの素材にすげ替えるほどの酷いことがないにしても、不本意な変更を余儀なくされることは当たり前にあります。
この映画を観ていて感じる演出の違和感には、ほんとはこうしたかったんだろうな、ああしたかったんだろうな、と、そんな風に感じる部分が多いんですね。
ラスト近くの活劇部分に関して、これとそっくりな感想を持った映画がありました。何だっけ何だっけ、そうそう「エスター」です。
クライマックスがほんとに取って付けたようなアクション活劇になってしまいます。
同じ現象が起きたのだと思っています。
この手の展開はきっと他の映画でも実例が山ほどあるように思えます。渋く進んできたストーリーの最後が「いかにも」って感じの安いアクションになる映画、いくらでもあることでしょう。何か怪しいです。誰か会社の人が「おいおい地味な映画だな。ナオミ・ワッツを縛り上げたり拳銃パンパンっていうのを入れろよ」と言ったのかどうなのか、真相は誰にもわかりません。
もうひとつ擁護があります。
この映画、謎解きの解説がアホみたいに説明的です。まるでお笑いの駄洒落の説明みたいです。「カティ・・・ティティ・・・ディディ・・・ばんざーい」みたいな。
大人は呆れますが、ちょっとまってください。誰が大人向けの本格ミステリーと言いましたか、と。
子供というか、若年層向け映画としては全然問題ありません。この手のミステリーに初めて触れる少年少女たちにとっては説明過多でちょうど良いと思える人もいるでしょう。
いろんな世代のいろんな人のために、こういう作品も必要なのです。なんでも貶しちゃいけません。
と書いてまた一つ思いだした映画ありました。ロバート・デ・ニーロとダコタ・ファニングの、あれ何だっけ・・・そうそう「ハイド・アンド・シーク」です。
見終わった感想がちょっと似ています。
何だかんだ語るような映画じゃないですが決して駄作じゃありませんし、私は面白く観ましたよ。
追記。
聞くところによりますと、映画の品位を貶めた超くだらないラストですが、やはり監督の意思ではなく製作からの要請だったようです。
監督どころか、出演者たちも猛反対したそうです。
ラストシーンのことだけを指しているのか、ラストあたりの馬鹿馬鹿しい展開を指しているのかそれはわかりません。
それを思うとさらに残念無念ですね。きっとほんとならとてもよい映画になったと思います。