17世紀オランダ絵画の黄金時代、レンブラント、フェルメールをはじめ、ヤーコブ・ファン・ロイスダール、ヤン・ファン・ホーイェンなどなどの芸術家がひしめき合い、絵画が大量に制作され世界に影響力を持っていたその頃以来ずっと、オランダの光は他と違い独自で個性的であるとされてきました。
オランダ独特のあの光があればこその明るく新しい絵画群が生まれたのであり、オランダの光は地形や気候の絶妙なバランスによって生じた奇跡の光なのである、というわけです。
フェルメールもレンブラントも常にキャッチコピーは「光の何とか」です。あるいは「光と影の何とか」「空間の何とか」とか。
頂点のこの人たちだけではありません。新しい風景画や新しい写実主義を続々生み出し絵画の歴史そのものをぐぃーっと舵切りした100万点以上のオランダ絵画。
それらを特徴付ける光と影と輪郭の処理と色使いと空気感。これがみんな大好きオランダ絵画の光です。
オランダ絵画の光は実際のオランダの光によって生み出されたのである、とそういう認識を前提としてこの映画は出発します。
で、そのオランダの光が、近代の干拓工事によって失われたとヨーゼフ・ボイスが発言したものだからさあたいへん。
本当でしょうか。オランダの光は干拓工事によって失われたのでしょうか。そしてそもそもオランダの光とは一体なんでしょうか。と、そういうことを検証していくアート・ドキュメンタリーです。
オランダの光を題材にしているのだから比較として他国の光も登場します。南欧のパキッとキリッとした光、アメリカの500キロ先が見える光、残念ながら湿気でべとべと数キロ先が真っ白みたいな湿気大国の光は取材されません。
そのため、オランダの光が多湿のせいであるという結論にちょっと戸惑います。湿気が多くてまろやかな色合いと不明瞭な輪郭を作り出している、と主張されますが、オランダは確かに水の街で湿気は多いと思いますけど他の国だって雨ばっか降ってるところがありますし、あれで多湿国なんて強調したら、たとえば梅雨の日本なんかに一瞬もいられないよっ、と辺境に住む我が同胞のお嘆きの声が聞こえてきそうです。
まあつまり特にカラリとした気候の西欧諸国や北米とだけ比較して湿気が多いと言っているんですね。よく考えればあまり大したこと言ってないような気もしますが・・・
本作のメインは定点カメラです。
オランダの光を突き止めようと、一年間同じ場所から地平線と空を撮ります。これはいい。これは素敵。これやりたかっただけなんじゃないかと思えるほどです。一年を通して表情を変える空と大地、美しい景色が堪能できます。今すぐここに住みたくなります。
もうひとつはアーティストや研究者のインタビューです。何人かがオランダの光について語ります。自国を愛する芸術家、なんとなく穏やかで郷土愛に満ちています。こういう土壌はオランダならではかもしれません。
オランダと言えば芸術とマリファナと裏窓と自転車とのどかな公園。いいですね。オランダいいですね。オランダという国はもともとどういう人たちが集まって出来た国なんでしょう。ナンバーワン「自由」を体現する国と私は思っています。だから法律も緩いのです。
話はそれますが自由というのは秩序と相反する定義です。自由はある程度犯罪も内包しますから、多少の犯罪的傾向を許容することが是即ち自由となります。法による秩序の元での自由なんていうのは自由ではありませんのでお間違いなく。
もうひとつオランダと言えばハウステンボスです。ハウステンボスは今はちょっと辛い物になってしまいましたがオープン当時はオランダマニアも認めたオランダ好きのためのオランダテーマパーク。東京ディズニーシーが出来るまでは国内ダントツの凝った建築と壁画の宝庫でした。
沢山描きましたが、多くが今はもう見られないみたいです。悲しいことです。
話がそれすぎましたので映画としての感想ですが、まあ、内容が内容ということもあり、映画的興奮というのはあまり味わえないかもしれません。テレビドキュメントみたいな感じさえ受けます。
ただ、定点カメラの美しい景色を堪能できますので、オランダやオランダ美術が好きな人、それと映像の綺麗な、残念なタイプではないプロジェクターを常備しておられる方は堪能できるのではないかと思います。
私はとても興味深く観ました。