米軍がベトナムから撤退した翌年にまとめられたドキュメンタリー映画。
大統領、政治家、役人、軍人、ビジネスマン、一般人、アメリカ人、ベトナム人、権威主義者から子供まで、多くの人々のインタビュー映像と現場の映像でベトナム戦争が何をもたらしたのかを問います。
ドキュメンタリー映画として大変優れているのは、映像の取捨選択と配置の構成力です。
細切れにして少しずつ登場するインタビュー、インタビュー内容とそれに続く関連性のある映像、徐々に明らかになる戦争体験とその後の状態や思考、描き出すべきテーマを製作者が直接語らず、切り貼りした事実の断片から滲み出てくるよう意図された構成は緻密で斬新。この技術的な側面はその後のドキュメンタリー制作に大きな影響を与えたと思われます。
内容に関しても、現場兵士の心理や殺戮のゲーム性、政治家の目論見、差別意識、欺き、洗脳、ビジネスとしての戦争に至るまで、多方面から戦争というものを捉えており、この映画の問いかけは現在のアメリカにそのまま通用する普遍性も持っています。
ベトナム戦争はその後の湾岸戦争、イラク戦争などに繋がり、同じ事が繰り返されています。
国民レベルでは相変わらずその都度洗脳され「共産主義が怖い。敵だ」から「テロが怖い。敵だ」まで、「恐怖と敵」の嘘に簡単に弄ばれます。「恐怖心と敵」による操作に関してはマイケル・ムーアが「ボウリング・フォー・コロンバイン」でアニメを使ってとても判りやすくまとめていますね。
国民を洗脳するのはとても簡単で、恐怖心さえ煽ればすぐにみんな乗ってきます。例えば私の年の離れた弟がチビ助の頃、上の兄と私とで「警備員」で怖がらせる陰謀を謀り、まんまと成功しました。「警備員がくるぞ!」と威すと、泣きわめいて何でも言うこと聞くよい子になったんですが、間抜けな国民なんてそれと一緒です。共産主義でも警備員でも煙草でも饅頭でも茶でも何でもいいので、怖いことにして威しまくれば何でも鵜呑みにして言うことを聞きます。
恐怖や差別を利用すると戦争なんか簡単に起こせますし、 健康や環境や存続や勝ち負けなんて言葉と組み合わせると金儲けや何かの排除もあっという間です。指導的立場にいる人には常識ですね。
ベトナム戦争の総括によって学んだのは寧ろ権力者側です。
現場にジャーナリストを入れない、撮影させない、現場の残酷さを隠す、報道に規制をかける、偽の情報を出す、反戦の芽は早い段階で摘む、 市民運動をみっともないことだと宣伝する、事実を見通す目を「陰謀論者」として茶化し片づける、貧困層に資本側を擁護させるよう仕向けるなどといった新しい大技小技を総動員してベトナムの二の舞にならぬよう知恵を絞りました。
「ハーツ・アンド・マインズ」が今なお観るに耐えるどころか、新鮮に映るのはこうした操作の果てに現在大手報道が失ったジャーナリズムの魂がはっきり見えるからにほかなりません。
事実の断片を組み合わせることによって明確にテーマを問い言いたいことを放つ潔さが「ハーツ・アンド・マインズ」にはあります。これがジャーナリズムの姿であり、ドキュメンタリーの目的です。
この映画、75年にテレビで放映されたそうで、それを除くと2010年が日本での初公開となりました。以前にはVHFで発売されていてレアもの扱いでしたが、こうして劇場公開、再DVD化ということでまた多くの人が観る機会に恵まれたのはありがたいことです。デジタル修復もなされているようで、画質も良好です。
以前のタイトルは「ハーツ・アンド・マインズ 真実のプラトーン」っていう、当時のオリバーストーンのヒット映画にあやかった三流タイトルを邦題に付けていました。で、今回はそういう恥ずかしいことをせずにいるかというとまたもや「ベトナム戦争の真実」なんていうサブタイトルを付けております。学習能力がありません。「真実」とか、そういう浮ついた言葉の使用はやめてくださいお願いします。
どうも邦題に付く副題というのはどれもこれも良くありませんね。ていうか副題っていらなくないですか?今の時代「サブタイトル」って言えばDVDの字幕設定のことでしょ?
どんどん話は脱線しますが、「真実」っていうポエミーな言葉がこれほど流行ってるのは何故だろうとずっと思っていまして、印象的には「事実」が事実のことであるとすれば「真実」は個人的な思い込み、心関係の言葉であって言わば人の数だけ真実はある、と。こう思ってたんですが、実は法律用語の「事実」っていう言葉に対抗する言葉として広まったんじゃないかという疑いがあります。
法律用語っていうのは変な言葉でして、「悪意」「善意」「事実」など、日常とは違う意味で使う困った世界です。法律用語の「事実」はいわゆる事実のことではありませんで、言わば人の数だけ事実があるんですね。そういう意味で事実という言葉を用います。それに対抗していわゆる事実、哲学的に言うところの生の事実(ブルート・ファクト)のことを敢えて「真実」とか誰かが言いだしたんじゃないだろうか、と、まあ、ただ何となくそう思っただけですが詳しくないのでよく判りません。どうでもいい話に脱線してどうもすいません。
とりあえずこのドキュメンタリーは現代人なら必見のうちの一本ということで。