真実の瞬間(とき)

Guilty by Suspicion
マッカーシズム旋風荒れ狂う1950年代ハリウッド。アカ狩りの弾圧を受ける映画人の苦悩と勇気を描く。
真実の瞬間(とき)

今となってはマッカーシズムが昔話?とんでもございません。脈々と生きているファシズムへの渇望を何と見るか。アメリカ人も日本人もファシズム大好き差別っ子たちですから、赤狩りなど全然昔話じゃありません。アカという言い方すら現代まだ使ってる愚者がいますし、中東や近隣アジアや移民や貧困層、そして煙草に対してどのようなファシズム的言動愚行が民衆に支持されているかを考えると、寧ろ今世紀に入ってからのほうがより酷くなってきていると見るのが正しい判断でしょう。

さてこの映画は微妙な位置の映画です。

まずマッカーシズムについての知識がなければ、冒頭から何事が起こっているのかわからないかもしれません。
もちろん「マッカーシズムを知らない」なんていうことを誰も想定しないから当然それに対して説明などないのですが、製作された91年からもうかなり経ってしまっていますし、ある一部の愚鈍一直線の日本人若者、例えば日米が戦争をしたことすら知らない人種にとっては甚だ理解できない内容と思えます。
しかし考えてみれば、そういうアホは最初からこの映画を観ることはないでしょうから問題ないのかもしれません。
ではマッカーシズムのことも知っていて物事を冷静に観ることができる比較的賢い人がこの映画を観ればどう思うでしょう。
実は主人公がちょっとピュアな被害者に描かれすぎていたり、勇気がありすぎたり、正義を貫きすぎていたり、ちょっとヒーローっぽく描かれすぎの側面があり、リアリティやさらに深い人間ドラマ、本格的な社会派ドラマを期待しているとちょっと肩透かしを食うかもしれません。
つまりこの作品、1991年ごろの「マッカーシズムを常識として知っている普通のアメリカ人が問題意識と共に観る社会派エンターテインメント作品」であるわけで、 今の時代に観る人とは少し対象がずれてるんですね。

とは言え、映画人を描く映画っていうのはそれだけで面白さがありますし、比較的ずっしりした見応えのある作品なのは間違いありません。

2008.09.28

2010.09.2

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