キャタピラー

キャタピラー
江戸川乱歩「芋虫」を原案に、戦時のグロテスクな夫婦を描く。
キャタピラー

「芋虫」のタイトルは、文芸協会との交渉が決裂したため使用されなかったという。しかし内容は紛れもなく「芋虫」であって、なのに江戸川乱歩とは無関係ということになっているようで、そんなので良いのかどうかちょっと不思議ですが、きっとどうだっていいんでしょう。

主演の寺島しのぶはこの作品でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。快挙ですね。
ぐっとくる演技をする箇所かいくつもあります。

監督の若松孝二は気骨とパワーと信念の人で、経歴や数々の逸話からただ者じゃない感が漂います。

さて本編は84分と短めです。
両手両足と聴力、声を失って芋虫と化した帰還傷病兵と、彼の面倒を見る妻の物語ですが、江戸川乱歩「芋虫」と違って、妻の変態性はほとんど表現されませんし、陰湿で淫靡な乱歩独自の雰囲気も抑え気味です。乱歩の原作の持つ壮絶な物語は期待しないでおきましょう。
その代わり、単純化した村人を描いたり戦時のフィルムをオーバーラップさせたり傷病兵の強姦現場を繰り返し描いたりといった反戦的なイメージを加えています。

実は若松孝二監督の作品を観たことがないので、さぞかしパワフルで独特であろうと想像していたのですがそういうことは全くありませんでした。演出的には寧ろごく普通で、情景描写の引きの構図と演者のアップの繰り返し、映像や演出で語らず、セリフの中に状況説明を入れ込んでしまうという稚拙とも思える演出に少々がっかりしました。

ただ、やはり日本映画独特の粘着性やくどさやしつこい感情表現は十分に成されています。このねちっこさ厭らしさは若松孝二監督の世代が確立させたオリジナルの表現技法なのだなあと思わずにいられません。 今となっては古くさく感じる部分もありますが、ある部分では効果的だと思います。ベルリンでの評価もそんなところにあるのかもしれません。

本作では物語の背景として戦争があり、村人の単純化した姿やオーバーラップさせる戦時のフィルムを通して反戦のメッセージを伝えます。が、やはり中心であるねちっこい夫婦の物語と反戦イメージの乖離は見ていてしっくり来ませんし、効果的なのかどうか少々疑問です。
特に終盤、原爆から玉音放送にかけては歴史をなぞっているだけで本編と無関係だし、 駄目押しの元ちとせの歌が流れるに至ってはずっこけと言っていいでしょう。なんですか唐突なあのポップソングは。しかもあの歌は原爆被害者の歌じゃなかったでしたっけ?

しかし事情を鑑みるに、このテレビ的演出はやはり中・高生などの若い子たちに見てもらいたいという気持ちの現れなのだと納得することも出来ます。玉音放送の言葉を現代語に通訳している時点で、無知な若い世代に対するメッセージなのだとわかります。

それはそれで大事なことかもしれません。

わずか12日間で撮り終えたとか、リハーサルなしのぶっつけ本番で役者のアドリブを生かしたとか、鑑賞料金を安くしたとか、全国公開時期にこだわったとか、内容云々を越えた部分で大きな気概を感じることが出来る作品です。
名作映画を期待するのではなく、 この気概に敬意を表して劇場に足を運ぶというのも有りではないかと思った次第です。

賛同してもしなくても

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