メキシコ・オブ・デス

México Bárbaro
「ABC・オブ・デス」のメキシコ版みたいな「死」のオムニバス。メキシコの新鋭監督たちによる残虐とエロスとメキシコの青い空。
メキシコ・オブ・デス

 アルファベットの一文字をタイトルにして「死」を描くオムニバス「ABC・オブ・デス」ってのがありましたが、それのメキシコ版みたいな「メキシコ・オブ・デス」です。ABCと違って、8監督8作品の一本あたり20分に満たない尺の短編集。

 全体を通して、暗くじめじめして陰湿な印象を持ちます。明るく楽しい雰囲気はありません。わりと真面目に恐怖に向き合う作風です。ですが恐怖もあまり感じません。メキシコの乾いた空と広がる大地の印象とは裏腹に、陰湿さや残酷さが目立ちます。汚さやエグさというものも際立ちます。メキシコのホラーに対する風土なのかどうなのか知りませんが、興味深いところではあります。
 実際、ホラーにかかわらずメキシコの映画ってのは、明るく楽しい印象なんてほとんどありません。他国がメキシコをネタにするとおちゃらけて楽しげですが、これは差別的に小馬鹿にしてるんではないのかと勘ぐりたくなるほど、メキシコの作品はそれほど能天気ではないのですね。あまり知らないけど。

「メキシコ・オブ・デス」の短編は十数分の時間が仇になったように思います。物語をきちんと描くには短すぎるし、物語を排除してシーンだけを描くには長すぎます。
 8作品のほとんどが物語を排除して印象的なホラーシーンだけを描く作風に近いものとなっておりまして、そのため冗長で辛気臭いという印象を持ってしまいます。

 ホラー映画を好む人の多くは映画的ストライクゾーンが広く、文芸作品や実験的作風の映画にも触手を伸ばしたりします。これは、ホラー映画特有の冗長なシーンに慣れていて、つまり、じっとりしたシーンや動きの少ない長回しを退屈と思わず堪能できる素養があるからではないかと思っています。昔の恐怖映画なんか、ただ森が揺れるシーンや少しだけ開いた扉なんかを長々と撮ってるだけなんてシーンも多くありまして、恐怖感を高める情景描写のこの冗長さこそが要だったりするわけですよね。いわゆる文芸作品の心的作用を促す技法ととても似ています。

 という話を思い浮かべるのも「メキシコ・オブ・デス」の各短編が、比較的古いホラー映画のような冗長さ、はっきり言えば退屈さを伴っているからで、しかしこれは何も悪いことではありません。

 古い映画や古い芸術映画では物語性などほとんどなく、単に驚きを与えるシーンのみで構成されているような作品が多くあります。映像そのものに大きな力が宿っていた時代の懐かしい作風ではあるものの、ああいった映画の魅力は今でももちろんあります。その継承こそがホラーというジャンルです。
 メキシコホラーの冗長さに「退屈だなー」と思う反面「退屈であることは何という素敵なことなのだろう」と思わずにおれません。何だかお上手しすぎですか。

 さて、仕方ないので一本ずつ見ていきますか。

いけにえの祭壇

監督:イサーク・エスバン

 若者の失踪事件を追う記者が寂れたモーテルでマフィアの男に取材します。現代のマフィアでも古い呪術的しきたりを持っているというお話。思わせぶりで冗長なインタビューです。じっとりじわじわ系で、一本めなので何となく乗り切れないという人も多いでしょう。確かに乗り切れません。

ハラル・デ・ベリオ

監督:エドガル・ニト

 メキシコらしい出で立ちの犯罪者二人が遺跡に入り込み淫乱魔女の犠牲となります。伝承のようなものがベースにあるんでしょうか。メキシコらしい景色と空をインターバル撮影で撮りまくります。ついでに遺跡もいろんな角度から撮りまくります。景色と空と遺跡をたっぷり堪能できる作品です。

排出

監督:アーロン・ソト

 見つけた死体から煙草をそっと取り上げ後で吸う少女です。その後、夢かうつつか変態悪魔に「姉の経血を取って来い。さもなくばお前の魂を尻から抜いて殺す」と脅されます。
 古き良き芸術映画を彷彿とさせる演出、編集です。無音の映像に少しだけあとから音を足したりします。今の時代は映像と音声が一体ですが昔は音が別であったりそもそも音などなかったわけです。その頃の恐怖芸術映画の雰囲気を伴っていてなかなか良いです。思春期少女とエロスという定番テーマもどんとこい。

ささいなもの

監督:イサーク・エスバン

 若いカップルが初めての外泊。森のキャンプ場で一夜を明かす計画です。森にはどうやら精霊がいるらしく、サンダルやちょっとしたものを盗んでいくから小物を外に忘れるなとかそんな警告を受けます。この童話か伝承みたいな設定をベースに、しかしド派手に裏切ります。
 唯一コミカルな一編。若い二人の下手な演技がむしろいい方向に出ています。「フィースト」を彷彿とさせる変態化け物妖精もいい感じ、後ろで踊ってるやつにも注目ですね。

重要なのは中味

監督:レックス・オルテガ

 団地に住む親子と馴染みのホームレスのお話。楳図っぽいです。 
 町内の馴染みのホームレスですがギブスの少女だけは恐れています。趣味と実益を兼ねた残虐極まりない一編。ちなみに私は臓器移植には今でも反対しています。

人形

監督:ホルヘ・ミッチェル・グラウ

 ここは実際にある有名な人形島ですよね?(サイドメニューのリンク参照) 怖いですね、人形島。そこでの話です。ですが話そのものはちょっとだけで、ほとんどがただのシーンです。とくに序盤の水のシーンをいいなと思うか退屈だなと思うかは人それぞれ。綺麗なシーンですよ。変態役の人があまり変態性のないまともな顔つきだったのがちょっと浮いてました。

7回の7倍までも

監督:ウリセス・グスマン

 死者を蘇らせる儀式を行っている男です。序盤こそ「?」ですが、ストーリーも起伏もしっかりあって面白いですね。
 蘇らせている死者が誰なのかというところと、実際に死者が蘇るステップというものと、過去の出来事の断片というもの、そしてさらに蘇らせている目的の謎、これらを描きますから、全短編中最も中身も濃いような気がします。

死者の日

監督:ジジ・サウル・ゲレーロ

 おんなたちによる死者の日の狂宴です。最後の短編はぱーっと派手にやらかしました。どばーっとね。
 ホラー系の短編と言えば、今時はまずこういった作風のを連想します。こんなんばっかりという印象もちょっとありますが「メキシコ・オブ・デス」ではこの一本のみがソレ系でして、オムニバスの最後を飾るにふさわしいと思いました。

 ということでざーっと見てまいりました。
 全体的に悪くないし、好きなテイストではあるものの、ちょっと「シーンばかりだらだら描く」系に偏ってしまい、短い時間に物語を凝縮するような高度な作風のものがなかったのが少しばかり残念なところでもあります。でもいいの。メキシコのいろんな風土を感じさせるし、アート的なすごくまじめな作風にも好感持ちました。

※ 18歳未満の方はご鑑賞できません。
※ キワモノが苦手で名作ばかり好きな人のご鑑賞もおすすめしません。

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