この映画、祖父、夫婦、子供の4人家族を装った北朝鮮スパイのお話です。
キム・ギドクが脚本で製作総指揮で、最後は編集までしています。監督はこれが初長編になるイ・ジュヒョンという方。
「お隣さんはスパイ一家」っていう体の、ややコミカルな設定で、主義主張や思想について映画内で語られることはありません。思想としての南北問題ではなく、祖国の問題として据えているように感じます。つまり家族の問題です。
コミカルな設定でコメディ的な要素もありますが、この映画自体は極めてシリアスです。コメディ映画と思って見たら堪えますよ。
しかしシリアスな部分も、真にシリアスなわけではなくてですね、ここ非常にややこしいところですが、シリアスな映画でありますが設定がコミカルであるがゆえリアリティはないわけです。
リアリティのないシリアスな物語が綴られるということで、ある種のファンタジーとも言えます。カリカチュアライズされた物語により、直接的に象徴的な出来事を物語として語れるのですね。そして見るものに強烈パンチを食らわします。
もうちょっと具体的に言うと、お隣さん一家の類型的な吉本新喜劇みたいなドタバタ劇、それからスパイ一家のヒューマニズムの変化、病気の件、偵察者を縛り上げる件、暗殺事件、そこら中に単純化が認められます。決してリアリティはありません。「そんなあほな」状態でもあります。しかしコミカル設定を納得して見てるもんだから「そんなあほな」ことが違和感なく十分に成り立ちます。
「レッド・ファミリー」には極めて強烈なシーンがいくつかあります。その最たるシーンはもちろん映画終盤に訪れる船上のシーンです。ここで唐突に交わされる会話は見るものに打撃を与えます。下手すれば嗚咽が漏れます。
このシーンは「コミカルな設定上の類型的物語」を逆手に取った作り手の逆襲でもあります。極めて効果的、驚くべき文学性の高さです。さらに言うと、このシーンの役者さんたちの演技は映画の神様が舞い降りているかの如きです。壮絶演技をぜひご堪能あれ。
妙なコミカルな設定と単純化され類型化された断片、吉本新喜劇みたいなベタ系の演出やマンガ的表現、その上で進行する深刻な物語とシリアスな展開、根底に流れる民族の喪失感や家族のヒューマニズム、それらが混在し絡み合ってジャンル不詳の変な映画として成立しました。
鉄工所の男と愛人のエピソードではその部分が凝縮して露呈し、ある意味「レッド・ファミリー」全体を象徴するシーンとなってます。
東京の映画祭で上映されたときは観客賞を受賞しています。観客全員、度肝を抜かれたのでしょう。
この映画、乗ってみる価値がわりとあります。私は見終わってしばし呆然となりました。