イランの映画「別離」の名はあちらこちらで見かけていて、観るつもりだから内容を読まずにいたもののちらりと聞こえてくるのは絶賛の声ばかり。そんなに良い映画なんか。そうなんか。どんなんやろ。と、何となく思っていました。ポスターやDVDになってからのカバーアートを見るにつけ、タイトル「別離」のイメージと相まって、きっと別れ別れになって砂漠を旅する夫婦の愛の物語に違いないと、勝手に思い込んでいたわけです。
私のような馬鹿者がもしいたら、ここではっきり言っておきますがまったくそのような映画ではございません。旅もしませんし砂漠なんか無関係です。だから躊躇なく観ることをおすすめします。この「別離」という映画は、普通の意味で2011年最高傑作の一つで、歴史に名を残していいほどの優れた映画でめちゃんこおもろい映画です。
物語はぶっ飛びの面白さで、登場人物は全員深く複雑な設定で、演じる役者はすべて素晴らしく、演出、編集、物語の流れは絶妙のバランス、文芸に寄りすぎてもおらず、軽薄さは全くなく、深く感じ入る人にはとことん深く、さらりと流し観する人にも展開の妙技で楽しませます。
「別離」の内容を簡単に紹介すると、家を出て行った妻がいて家政婦がいて、そういうひとたちの「すれ違い」の顛末です。些細な最初のすれ違いを発端に、ちょっとした事件が発生し、すれ違いが雪崩れていきます。基本はミステリー進行です。ミステリーとしての面白さの中に、ドメスティックでソシアルな物語が絡みまくります。
どの登場人物にもほんのわずかに隙があります。例えばちょっとした嘘だったり、見たことを言わなかったことだったりそういうことですが、そのわずかの隙が傷口となり、他の人物の隙と絡んで塞がるどころか広がります。小さな傷口は大きく裂けていきます。
すべての人にわずかな隙というか非があることによる辛さ悲しさ悔しさは格別です。なんとなく、アジア人ならではの倫理観や宗教観を感じます。もうね、ビシビシ来ますよ。
優しさや憎しみ、不信に疑惑、伏線や謎解き、愛と裏切り、残念感にいい人感、これらを見事に表現します。ミステリーの面白さを維持しつつです。
見事な脚本です。憎いくらいの演出と編集、演者の魅力、人物の掘り下げ、なにもかもが重層的にずば抜けています。これは確かに絶賛する以外ありません。
内容に触れずに絶賛していても伝わらないかもしれませんが、仕方ないんです。すべてのシーンがすべてのシーンの伏線になってるし、貧困や社会的背景の中で信心深い人の有りようや、どの人物にも非があると同時に良いところもあるとか、具体的にいちいち語り出すと映画の尺の5倍くらいの尺が必要になってきます。それほど、内容がつまってるんです。
むむむーっ本当は内容について言いたいことが山盛りあるんですが、我慢するのも辛いすねー。
ベルリン国際映画祭金熊賞銀熊賞その他その他、世界の映画賞を50以上受賞。
受賞がすべてではありませんがこれはすごいす。