ミレニアム ドラゴンタトゥーの女

Män som hatar kvinnor
嵌められたジャーナリストの元に探偵まがいの依頼。離島で起きた40年前の少女失踪事件を調査することに。 ベストセラー小説とその映画化の大ヒット、さらにハリウッドリメイクで話題のスリラー。
ミレニアム ドラゴンタトゥーの女

「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」なんていう、どうにもこうにも魅力を感じない安っぽいタイトルですが、離島で起きた少女殺害事件の調査っていう設定がちょっと気になってました。ミステリーや探偵もの映画に飢えていたこともあります。

離島。容疑者である住民は資産家一族の数十名。40年前の事件。少女殺害。犯人はだれだ。と、こんな設定です。正統派ミステリーを期待するじゃありませんか。でもこの推理劇にハッカーの不良娘が絡んでくるらしく、しかもそれがタイトルになっている。はて。なんでしょう。謎なので観てみました。

「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」は一言で言ってしまえば火サス的サスペンス劇場です。
いろんな人が出てきていろんな事情が絡んで、本編ミステリーは適当ですがドラマに重きを置いていて、観ている間は面白くて次の展開をわくわくして待ちわびたりして、そして終盤は収束に付き合いつつ後腐れなく見終わります。良質のテレビドラマシリーズみたいな感じで、特に面白いわけでもないけど特につまらないわけでもないという、そういういい線を行ってます。大ヒットというのもうなずけます。どなたにもわかりやすく、どなたにも楽しめます。

正直いうと漫画っぽい設定のドラゴンタトゥーの女リスベットにはあまり魅力を感じませんでしたが、それでもお茶目なところがあって、凄腕ハッカーのくせにやってることはgoogle検索ばっかりで「くそ。女の名前で検索したらポルノサイトばかり出てくるわ」とか、検索の仕方もあまり上手でないという、その割には本職ハッカー部分は人知れず無説明に銀行に侵入したり凄いことをやっていたりします。

そして好感度が上がったのは、Dockの置き場が左側だったことです。
世の中のほとんどの映画では登場人物がMacユーザーです。MacOSXにはDockというものがあって、昔で言うアプリケーションメニューとランチャーを足して割ったような機能ですが、デフォルトでは画面の下方にあります。最近のコンピュータはおかしなことに横長のモニタが主流で、縦の領域が狭いです。にもかかわらずDockが下にあり、これに我慢ならない人は左右どちらかに位置を変えています。ごみ箱の位置を基準に右側に配置している人もいるでしょう。私はアプリケーションのパレットと被るので仕方なしに左側に置いています。ずっとそうしているので今では左側にないと気持ち悪いくらいです。

で、映画のMacはほとんどの場合Dockをデフォルトのまま下に置いています。中には、うにゅーんと拡大するエフェクトも切らずにそのまま使ってる登場人物までいます。
ハッカー女リスベットは違います。ちゃんとDockを左側において、作業しやすい環境を整えています。

Dockを左側に置いている人をあまり見かけないので、こういうときはちょっと嬉しくなったりします。Macは昔ほどは愛嬌のあるコンピュータではなくなってしまいましたが、それでもやはりこういう変なところで親近感を持ってしまったりする部分を持っています。

ちなみに主人公ミカエルのDockは下にありますから、彼は特にカスタマイズすることなく執筆仕事にだけ専念していて、コンピュータに愛着があるようには描かれていません。

ハッカー女が使ってる進入ソフトだけは映画ならではの特別仕様です。フォントの美しさが際立つMacなのに進入ソフトだけはDOSっぽいガタガタのコンピュータ臭い文字で、操作をするとコンピュータっぽい音が出ます。コンピュータっぽい音ってのは実際にはそんなものはなくて映画におけるコンピュータっぽい音でこれは昔からお約束ですね。
たしか最近何かの映画でコンピュータ操作をリアリティある演出していたのがありましたが、あれはどの映画だったかなあ。ま、どうでもいいか。

ハッカー女リスベットを演じたノオミ・ラパスのインタビューがDVDのオマケ映像に付いています。思わぬ大ヒットに面食らってる感じがよく出ているいいインタビューです。「ミレニアム」がこの方の人生を変えましたね。凄いことですね。

インタビューの中で興味深かったのは、映画を見ているときも「おっ」と注目したある良いシーンについて言及があったことです。
どんなシーンかというと、レイプされた後アパートに戻るシーンです。
ひとりでキッチン横のテーブルに座り、震える手で煙草を吸います。くわえた煙草も小刻みに震えています。そして、ショック状態にあるにもかかわらずクールに今やってきた仕事を確認するというシーンなのですが、ここはとても良いシーンです。リアリティがあるし、事件の痛々しさを表現しているし、それに対峙するリスベットの弱さと強さとどういう人間であらねばならぬのかという強い意志を感じさせます。

普通の映画の定番だと、こういうときはシャワー室で震えるというありきたりのシーンになるでしょう。

と、思っていたらなななんと、インタビューによると脚本上では最初シャワー室で震えるシーンだったらしいのです。
リスベットはそういうタイプじゃない、とノオミ・ラパスはそう思って現場でスタッフたちと話し合い、シャワーシーンを取りやめアパートのシーンに変更したのだとか。彼女は役に入り込み、リスベットならこうであるに違いないと確信を持ったのですね。
これは良い決断です。
スタッフたちの力の入れようは、ちゃんと映像に現れますね。

さて主人公ミカエルです。
この主人公といい、共同経営者の愛人といい、年相応のくたびれ感と魅力がそなわっている人たちです。こういう大人が普通に主役で登場し、活躍したり怖がったり愛を営んだりするのはいいですね。ヨーロッパ映画に多い大人の世界です。

ミカエルを演じるミカエル・ニクヴィストが好演です。
「ミレニアム」自体はたいした映画じゃないですが、このミカエル・ニクヴィストの力で価値を引っ張り上げています。この人は北欧映画っぽいとぼけた味わいも持ってるし、真面目で怖がりで優しくて、映画の中でシーンを引き締めるようないい演技をしています。演出の力もありますが、ミカエル・ニクヴィスト本人が醸し出している存在感はなかなか格別だと思います。

いろいろと良い演技のシーンがありますが、演出と相まって特に好きなシーンは序盤のキッチンシーンです。うきうきとミートボールか何かを作ってるシーンです。携帯電話が鳴ったのでお尻を振って姪っ子に「取ってくれ」というように促します。
ちびっ子の姪が携帯電話を取って「はいミカエルです」と野太い作り声で答えるシーン、「ミレニアム」全編の中で、最も驚いたシーンでした。姪っ子超可愛いし、まさか電話に出てしかもミカエルですと答えるとは思いもよらなんだ。このシーンが一番好きかも。
で、この電話シーンでは、ミカエルはちゃんと作りかけの食材を落ち着かせて手を洗い、タオルを探して拭いてから携帯電話を受け取ります。この一連の動作が的確で流暢で生活感があって人間性も出ています。

というわけで細かなシーンについての細かな言及をしましたが、肝心のミステリー本編についてはどうかというと、これはまあ、特にその、残念すぎることも含めてこういうもんだと思ってればいいのではないでしょうか。
普段は予告編を見ずにまっさらな気持ちで映画を見ますが、これは予告編を見てしまったからその分がっかりしても仕方ありません。ミステリー部分を強調してましたからねえ。容疑者たちって言っても、ぜんぜん出てこないし。

難しい予告編問題です。多くの予告編が「重要な映像をバラす」(活劇・娯楽系に多い)「ストーリーのほとんどを説明してしまう」(人間ドラマ系に多い)「単なるネタバレ」(普通に多い)「実際とは違う映画のように見せる」(文芸系に多い)と、多くの問題を抱えています。そもそもは広告なわけですから、興味を持って貰ってなんぼです。だから嘘言ったりネタバレしたり平気でやるんですね。品がないですが、かといってではどうすればいいのかというと、難しいのですね。理想は説明もネタバレも映像も冒頭数分のみってパターンで、これはiTSが実践しています。私はこれがベストだと思いますが、こんなのでは一般のお客は見向きもしないでしょうし、難しいところです。

そんな話はともかく、「ミレニアム」は原作がシリーズでもあるわけで、設定では多くの個性的な人物が用意されています。テレビドラマのシリーズに向いているタイプの作品です。
本作の作りや映像も映画的というよりもテレビドラマ的ですし、他の登場人物を生かした外伝や単発ドラマをたくさん作れそうです。

大ベストセラーを書いたスティーグ・ラーソンは元ジャーナリストで処女小説が「ミレニアム」シリーズとのことです。もともとミステリーとは畑違いの人のようなので別の期待をすべきだったんですね。
このスティーグ・ラーソンはこれほどのヒットを生んだのにシリーズ完結を果たせず、大ヒットを目にすることもなく最初の出版社との契約直後に急逝。これは大変残念なことですね。反差別主義者として知られ、ジャーナリストの目を持つ作家として今後に期待されていたはずと思います。
運命ってのはどう転ぶかわかりません。

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