超個人的に「ノスフェラトゥ」でノックアウト(死語)されて以来、他の作品をほとんど知らずにただただ尊敬するヴェルナー・ヘルツォーク監督です。
この2009年の「狂気の行方」は、2011年の初夏にはじめて日本で公開された怪っ態で奇っ怪な事件映画でして、事実を元にしていると冒頭で高らかに宣言していまして、それを信じるなら多分、事実を元にした事件映画です。
何というか、事件の話ですが何だか独特の雰囲気が漂う作品です。全体の占める異様な空気感がたまらない。異様なだけではなく、どことなく人を食ったような、鑑賞者の期待を心地よく裏切る不思議な作風です。
製作総指揮にデヴィッド・リンチの名があり、随所にリンチ色も色濃く出ています。
実はデヴィッド・リンチの名だけを先に知ってこの「狂気の行方」を観ました。まさか監督がヘルツォーク大先生とはつゆ知らず、リンチリンチ言いながら見始めてしまいどうもすいません。
しかしあれですよ、このDVDのカバーアート見てくださいよ。でっかく「デヴィッド・リンチ製作!」ですからね。監督名は下にちいちゃく「ヴェルナー・ヘルツォーク監督」って。
でっっかく「デヴィッド・リンチーーー」と、ちっちゃく「ヴェルナー・ヘルツォーク」(枝雀師匠のように読んでね)
ちょっとちょっと、ヘルツォーク大先生をさておいて何をするんですかまったくもう。
まあそういうのはともかく。
冒頭はウィレム・デフォーが運転中です。脇見するんじゃねーよと言いたくなる脇見と語りです。しつこく語っています。彼は刑事ですね。胡散臭い香りが漂います。本筋と無関係な香りも漂います。
デフォーは連絡を受け、事件現場に到着。おばさんが隣家で刺されて死んどりますな。殺人事件ですな。野次馬に混ざって、変な兄ちゃんがおりますな。一言冷やかして立ち去りますな。
変な奴、と思っていたらしばらくして本部から連絡が。「怪しい兄ちゃんおったやろ」「おったよ」「あほ。何で逮捕せなんだ」「へ?」「あいつが犯人やがな」「ほんまかいな」
おっと。犯人捜しの作品かと思ったら、いきなり犯人確定です。
「犯人は自宅に人質取って立て籠もっとるで。なんとかせいや」「はいはい。じゃ行きますわ」デフォーはすぐご近所現場に向かいます。
人質と共に立て籠もっているという犯人の兄ちゃんと警察との熱い戦いが始まる・・・・かと思いきや、全然熱い戦いでもなんでもないんですなこれが。
ここからが見どころに突入です。
犯人の彼女であるというクロエ・セヴィニーが登場し、犯人を語ります。
これは面白い。
技法的には、あれです、その場にいない「誰か」、この場合犯人ですが、その犯人を知る人が現れて話をし、彼がどんなやつだったのかという肉付けをその証言の中から行っていくというミステリーの技法に則ります。
最初はただの変な兄ちゃんでしかなかった犯人の彼は、実際に姿を見せることがないまま、証言と証言による回想シーンでどんどん肉付けされていきます。
語るクロエ・セヴィニーの味わいがまたいいのでして、ウィレム・デフォーとの会話を淡々とこなしていく姿が何というかすばらしい。
後半にはウド・キアも登場して、話はますます面白いことになってきます。
犯人の兄ちゃんは時々家の中から言葉を発します。でも彼が生き生きしているのは回想シーンの中です。
この作品を包むフィルム感というか、味わいというか、雰囲気というか、とてもよろしいです。
淡々としているし、牧歌的でさえあるし、人を食った話だし、かと言ってギャグでもないし大真面目でもない、こういうイメージの文芸作品もありますよね。もぞもぞする感じです←そんなんでは伝わらないって
DVDのカバーアートとかタイトルとか、なんか本編の趣旨と全然違う間違ったイメージで売ろうとしているので、普通のサスペンスを期待して見る人は「な、なんですかこれは」と呆気にとられてしまうでしょう。
この映画のジャンルを名付けるならば、「呆気」というしかありません。
大好物。大満足。音楽も選曲も素晴らしい。
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