「ヒットマンズ・レクイエム」の原題は「In Bruges」。そうですね、「ブルージュにて」って感じでしょうか。美しい観光地にやってきた二人の殺し屋のお話。彼らを取り巻く地元の人々や殺し屋のボスが絡みます。
イギリス名物の言葉遊びとおかしな議論と真っ黒けのブラックジョークを中心に、小気味の良い脚本と皮肉と美学と悲しみが混ざり合いまして、とんでもなく大好物の作品でした。
ベルギーのブルージュってところは過去の栄華を誇る中世建築がそのまま残るおとぎの国のような素晴らしい観光地。ここでのオールロケは「なんとか温泉湯煙なんとか殺人事件」みたいな、観光名所紹介ドラマの形相を帯びます。
ボッシュの絵もちゃんと登場します。
もちろん観光名所紹介ドラマそのものをパロディとしても描きまして、観光名所であることが最重要な脚本となっています。殺し屋のボスが「どうだブルージュは。おとぎの国みたいだろう」とか「白鳥もいるだろう。見たのか」とか言ったりして、もうなんかとてもいい感じです。
二人の殺し屋はベテランぽい中年男ケン(ブレンダン・グリーソン)と若造の新米レイ(コリン・ファレル)です。序盤はブルージュにやってきたこのコンビの静かな嫌い合いから始まります。
ケンは観光地を満喫、お船に乗ったり塔に登ったりして上機嫌ですが、レイは糞観光地めと不機嫌です。この二人は殺し屋のようですが、ボスの指令でブルージュにやってきてるんですね。どういった指令なのかは後半明らかになります。
二人が泊まるホテルの女将がとても美しいカッコいい人です。ステキ。
侏儒の俳優が俳優の役で登場しまして、いきなり「バンデッドQ」の話題が出たりします。身体障害者と人種の差別ネタのブラックジョークも皮肉たっぷりに披露、これはムズムズします。脚本的にも差別ネタが大きな伏線になってたりして、言論規制や道徳強迫神経症に満ちた日本ではそりゃ大っぴらに宣伝できないのもうなずけます。このブラックさはまさにイギリスならではの毒味。
そもそもこの映画はコメディ風味もありますがコメディ映画というだけではなく、人情味溢れる部分もありますがブラックなところもあり、真面目なクライム・サスペンスかと思えばおかしな部分もあり、活劇映画かと思えばブルージュの町並みを文芸作品のように撮ったり、かと思えば観光名所ドラマとしてパロったり、ふざけているかと思えばやけに深刻だったり、悲しみや哀愁も含まれていたり、一筋縄ではいきません。こういうタイプの映画は宣伝しにくいし、カテゴライズに頼らないと不安を感じるような客層には受けが悪いかもしれません。
大好物な映画には大好物なフラグメントが必ず含まれます。
レストランでヒロインが煙草を吸いながら話すシーンがあります。トイレに立つと近くの席の嫌煙夫婦が厭味を言うんですね。典型的なヒステリー系嫌煙馬鹿です。この馬鹿夫婦をレイが殴り倒すという胸の空くようなこのシーン、スカッと素晴らしい。馬鹿夫婦はカナダ人の設定で、洗脳された似非ナチュラリストの象徴として登場。いいですね。何かの映画で、アメリカ人が「煙草を吸うのは気違いとヨーロッパ人だけだ」みたいなギャグがありましたが、それの逆バージョンと言えましょう。
さて俳優さんです。若造の殺し屋レイはコリン・ファレルです。最近では「Dr.パルナサスの鏡」に出てました。この人の垂れ眉毛はいいですね。眉毛で語ります。垂れ眉毛仲間として頼もしいです(私はあんなに太くないけど)
ベテランの殺し屋で心優しいブルージュ大好きなケンはブレンダン・グリーソン。活劇系の娯楽作品によく出ているベテランさんです。「A.I.」「ヴィレッジ」はいいですね。その他ハリー・ポッターなどにクレジットされています。
ヒロインの「ときどき観光客相手にカツアゲしている」クロエを演じるクレマンス・ポエジーはとてもチャーミングな女優さん。この人もハリーポッターに出てるんですね。
殺し屋のボスはレイフ・ファインズです。やさしいのか怖いのかよく判らない何やら美学に基づいて行動するカッコいい良い役です。「ナイロビの蜂」「スパイダー」の他、「愛を読むひと」や、やはりハリーポッターのどれかに出ています。「スパイダー」では分裂病患者を熱演しましたね。
美人局の男エイリックはベルギーの俳優ジェレミー・レニエ。「ある子供」そして「ロルナの祈り」の彼です。最初ぜんぜん判らなかった。
ホテルの女将、あのステキな女性はテクラ・ルーテンさん。2002年の「アンナとロッテ」の若いロッテで注目された方ですか。
さて「アメリカ人かい?」と訊かれれば「責めないでくれ」と答える男前のコビト俳優ジミーを演じるのはジョーダン・プレンティス。ブルージュで撮影中の映画を「アート気取りのパクリ映画さ」と切り捨てます。かっこいい。しかしあのオチは全く以て何というか、凄まじいですね。
「ヒットマンズ・レクイエム」が初監督作品となったマーティン・マクドナーは戯曲家だそうです。どおりで素晴らしい脚本です。悲喜劇の複雑な脚本は英国アカデミー賞で脚本賞を受賞、当然の受賞のように思われます。英国アカデミー賞がどういうものかあまり知りませんが。
というわけで、ブルージュの街並みと素晴らしい脚本の妙技。かなりいい作品でした。意外な作品が良作だと恐ろしい現実からの一瞬の逃避も心地よいのです。
ベルギー、いい国らしいですね。
第66回ゴールデングローブ賞:主演男優賞- コリン・ファレル
第62回英国アカデミー賞:脚本賞 – マーティン・マクドナー
「ヒットマンズ・レクイエム」(原題「In Bruges」2008)という大好きな映画があって、素敵な喫煙シーンもあります。
主人公が街で知り合ったレストランで女性と喋っています。女性は煙草を片手に喋ってますね。そして洗面に去ります。女性が去ったタイミングで隣の観光客夫婦があからさまに何やら嫌味をいいます。
主人公は嫌味を言った観光客夫婦の夫に向き合います。「今何て言った?」観光客の夫は典型的な嫌煙ファシストでエセ科学に洗脳された男です。例えば副流煙が人を殺すと信じこんでいるお馬鹿キャラです。
あからさまな嫌味を投げかけた瞬間後、主人公コリン・ファレルに思いっきり殴られ張り倒されます。
嫁はんのほうはワインの瓶か何かを持って戦う気満々ですので、なんと主人公は妻のほうもついでに殴り倒します。
ぃやっほーい。何と胸のすくすがすがしいシーンでしょう。現実世界ではもちろん嫌煙くんを殴り倒すことなど絶対できませんが映画の世界では何でもありです。
MovieBoo本編でも少し触れていますがここでも再びご紹介。喫煙シーンとしてかなり変わり種です。悪であることを照れることなく暴力で鬱憤を晴らせる特別な一本。
そしてもちろん煙草シーンに留まらず、ブラックさに満ちたハイセンス脚本で映画全編じつに見事な出来映えの「ヒットマンズ・レクイエム」は未だ伝説の名作。
“ヒットマンズ・レクイエム” への4件の返信