第82回アカデミー賞作品賞受賞作品というので観てみました。
いやはや、これは凄い。
アクション系サスペンスでの王道クライマックスで爆弾処理のドキドキシーンありますよね、あのシーンだけを寄せ集めたようなまさに全編クライマックス映画。
「私、めちゃ面白い大ヒット間違いなしの映画思いついたんだけど」
「なになに?」
「映画全部がクライマックスだけで出来てる」
「なんだそりゃ、そんなことが可能なのか。中身はどんな?」
「全部が爆弾処理のドキドキクライマックス」
「おお。それは判りやすい。お客も大喜びで大ヒット間違いなし」
という企画会議があったかなかったか(←あるわけない)全編クライマックスというとんでもない挑戦をして成功を収めたのは大したものです。
もちろん、ただドキドキシーンを寄せ集めただけでは面白くも何ともないわけですが、そこは優れた脚本と演出、構成の力で凄まじい怖さを見事引き出しました。
爆弾処理シーンだけでなく、戦友との戯れシーンやイラクの子供と仲良しになるシーンなど、本来なら観客の神経をを休ませるべきシーンを含めてあらゆる状況で同じ怖さを引き摺らせます。いつ何時怖いことが起こってしまうのか全く油断できないんですよね。これ、怖すぎて心臓が悪い方は観ないほうがいいんじゃないかと思うほどです。
その怖さはもちろん戦場の怖さです。あんな極限状態、普通の人間ならおかしくなって当然です。戦場の恐ろしさを描いた映画は沢山ありますが、この作品の描き方は今までありそうでなかった表現方法ではないでしょうか。
まあとにかく、そこいらのホラー映画を遙かに凌ぐ怖さでありました。
そう、この映画のドキドキ感や恐怖はまさにホラー映画。
手持ちカメラによるドキュメンタリータッチの撮影方法によるリアリティ、吃驚させるタイミングの取り方や静と動のバランスも恐怖を引き立てます。
「米国軍人礼賛映画である」「いや反戦映画である」と世間の底の浅い議論を尻目に、私はこの映画をホラー映画であると結論づけたいと思います。
冗談とも言えない冗談はさておき、そういえばこの映画の前年のアカデミー賞も「ノーカントリー」で、これも怖かったですよねえ。怖い映画が連続受賞したんですね。
もうひとつ大事な事は、爆弾処理を行う「はたらくおじさん」映画であるという視点です。戦争映画、軍人映画という以前に、これは専門職映画、職人さん映画という視点を持っています。職業映画の割にその肝心の部分の描写は若干観念的であり主人公は真面目な職人ではなくアウトローな感じですが、それでも十分職人気質を表現しているし観客に「こんな専門職があったんだなあ」と思わせたことで職業映画として成立しています。
「アラブ人を差別的に描いている」「いやその目線自体を批判的に描いている」との世間の表面的な議論を尻目に、私はこの映画を「プロレタリアート・ホラー」映画であると結論づけたいと思います。
冗談とも言えない冗談はさておき、この映画、全編息を抜く瞬間なく神経が張りつめたまま130分が一瞬で経過します。その間、怖さ以外にもいろいろな感情をかき立てるし、二律背反のどちらともとれる良い脚本や想像力をかき立てられる描写にあふれています。しかも感情を極力排して思想を押しつけるようなこともなく、大変よく出来た映画で、アカデミー賞も納得の渾身の作ですね。
エンドクレジットが終わったあともしばらくぐったりして荒い息が整いません。筆者は大抵夫婦で映画を観ますので、終わった後はちょっとした会話があります。
「すごかったなあ」
「すごかった」
「怖かったなあ」
「怖かった」
「アラブ人の描き方も鋭かったな」
「軍人の描き方も鋭かったな」
「それにしてもドキドキで息止まるかと思た」
「心臓止まりそうやったな」
「そのせいで喉渇いたわ」
「ビール飲むか」
「飲も飲も」
「やっぱりヱビスは旨いな」
「こんなときにこんなことしててええんやろか」
「待機中やから外に出られへんからな」
「おや、まだ時間早いな」
「じゃあ、次は何観る?」
というわけですんごい映画を観て余韻に浸った後は何故かすっきりして次の映画を観ようという気になる、これも不思議。
つまり、この鑑賞後のすっきり感はまさにハリウッド娯楽映画で、実のところ全く尾を引かない作品なんですよね。一見、重そうな作品なのに。このあたりがまたメジャー映画界の何か特殊な技術力であると思わないではおれません。
アカデミー賞は9部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、編集賞、音響効果賞、録音賞の6部門受賞。
タイトルはアメリカ軍の隠語で「苦痛の極限地帯」「棺桶」を意味するんだとか。
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