そもそも映画は内容を知らずに見てしまうのが一番楽しめます。
この「父、帰る」も、何やら景色が綺麗な映画、と聞いていただけで、内容は全く知らず、菊池寛の「父帰る」と関係があるのだろうと勝手に思い込んでいたほどです。
とりあえずヴェネチアで金獅子賞を取ってるから期待に応えてくれるだろうという安易な動機で観ました。
観てそして度肝を抜かれました。これは素晴らしい映画でございました。
冒頭、飛び込みできない少年が描かれます。この時点で、美しい景色、芸術的なカメラワーク、少年の頑固さと弱さ、強がりと赤ちゃんぽさ、兄弟の関係、母子の関係が全て一気に描かれます。この映画の全てが冒頭のシーンに詰まっています。
冒頭からいきなり没入させる練りに練ったオープニングじゃございませんか。身を乗り出しますよ。
そしてどうやら長い間音信不通だったらしい父親との対面です。
父親はベッドで寝ています。
このシーンを観たら美術にちょっと詳しい人ならのけぞります。
私も思わず「あっ」と声が出てしまいました。
登場場面でいきなり死者ですか。しかもキリスト暗喩ですか。
この映画は小さな章立てになっていて、そのものずばり「月曜日」「火曜日」「水曜日」・・・です。この章立ては原罪モノと相場が決まっています(ほんとか?)
と、まあこういうテーマについては置いといて、と、それだけじゃない優れたドラマ性と役者の演技が物語りにのめり込ませてくれるんですね。テーマが奥深いだけじゃ誰も喜びません。
どの役者も素晴らしい。誰もが、どの配役に対しても「あぁぁ、その気持ちわかるぅぅぅ」と身をよじるのではないでしょうか。鑑賞中、どれほど身をよじったことか。
よくもこれほどの映画を新人達が集まって作ったもんです。新人と言っても別の世界でのベテランであるようですが。
こういう映画を作れる人たちの踏まえている知識と文化レベルの高さに圧倒されます。
文句なしの傑作認定。
ジャンル「父子もの」ではダルデンヌ兄弟の「息子のまなざし」と双璧をなす二大名作と言い切ってしまいましょう。よく知らないのに言い切るのは無知人の特徴です。
[追記]
映画が完成した直後、お兄ちゃん役のウラジーミル・ガーリンくんが亡くなっていたということを後で知りました。
彼の演技は天才的でした。今後、どれほどの偉大な役者になれたことだろうと思うと残念でなりません。