今頃こんな事を言うのも何ですが、こういう映画こそ劇場で観なければなりません。
劇場の大画面は画像の美しさだけでなく、その音響にこそ意味があるからです。
いろんな機材の普及により、一見高画質な映像が家庭で楽しめるようになりましたが、音響に関しては実にお寒い限りです。よほどの人でないと、自宅で大音量を堪能することは難しいでしょう。
私も常識人として音量には気を使います。10年前は常識人として半人前でしたから、真夜中に自宅で鳴らす音響が町内の向こうの角まで響き渡るということも間々ありましたが、今では大人としてそういうことが出来ません。映画部屋の防音工事も経済的事情のため無きに等しいのです。
だからこの映画は劇場で堪能したかった。あぁ。悔しい。今頃自宅で観るなんて。ええいどうなってもいいわ。なるべく大きな音で観てやれ。
というわけでこの作品、ネタバレも何も、当然ながら最後にオーケストラの演奏シーンがあって、それがクライマックスとなっております。
その素晴らしい演奏シーンで涙した人もさぞかし大勢おられることでしょう。
この映画が凄いのは、ドラマで泣かせるのではなく、純粋に音楽とその演奏で心を揺さぶるところです。これは快挙です。製作者たちの緊張と自信がみなぎります。音楽映画史上に残る音楽シーンと言っていいでしょう。
実は内心、この作品がどんなストーリーか、少ない情報から勝手に想像していました。
つまり、演奏に覚えのある老人たちがオーケストラ公演を夢見て集まって、それぞれの老人たちの日常風景で感情移入させながらスポ根的に練習したりいざこざがあったりして、そんでもって最後は見事な演奏で泣かせる、と。そのようなありきたりなストーリーを、人間味あふれる描写で「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のように描ききった作品、と。
まあ素人の勝手な妄想なんぞは屁の突っ張りにもならない下らない貧弱な空想にすぎません。
つまらないお話を勝手に空想して、この映画を作ったみなさま、劇場で体験して感動したお客様のみなさま、?配給会社のみなさま、ほんとうにもうしわけありませんでした。
ふたを開けてみてびっくり。この映画、基本コメディでごんす。
そもそも冒頭のパリ公演を横取りするところからして荒唐無稽、救急車を自家用車代わりに乗り回し、二週間で50人以上の演奏者を集めます。
ロシア人の描き方にまたびっくり。ロシア人ってこんなにラテン気質の楽しい人たちばかりなのですか。怠け者で勝手気まま、面白すぎます。
主人公の奥さんもまた最高。「金持ちになったら土地を買って畑を作るわ。そうすれば高い野菜を買わなくても済む!」まるで「牛の鈴音」の奥さんのようなことを言います。面白すぎます。
パスポートとビザを用意するところや、憧れのパリに到着しての大騒ぎ、あっという間に土地に溶け込むオーケストラの面々、面白すぎます。
まるで「農協月へ行く」です。
この作品は「農協月へ行く」と「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」を足して割ったような映画でしたねー(←違)
スポ根的描写は皆無。この思い切りが素晴らしい。よくぞスポ根要素皆無でやってくれた。快挙です。「その手の話は皆さん、もう十分見てきたんじゃありませんか?省略省略!」っていう制作陣の声が聞こえてきそうです。
オーケストラの面々のサイドストーリーもほとんどありません。「その手のお話は皆さん、もう十分見てきたんじゃないですか? 省略省略!」っていう製作陣の声が聞こえてきそうです。
ちょっとした謎があってそれをミステリ的に引っ張ってミスリードしたりする演出も一つの骨子となっていますが、その演出もまた露骨でシニカル。
この捻くれた都会的なセンスは何事かと。「ミスリードとどんでん返し?その手のお話は皆さん、もう十分見てきたでしょ?適当適当!」っていう制作陣の声が・・・
華を飾るのは「イングロリアス・バスターズ」でもその美しさに息を呑んだメラニー・ロランさん。美しすぎる上に美しすぎます。
演奏シーンもよくぞやり遂げました。感極まる演奏後のリアクション、あれほんとに演技ですかと思えるほどの動きをまあみなさま、見逃さないように。というか見逃すわけないすね。見ているこちらにも突き刺さるように伝わる感動。あれで涙腺どばーの人も沢山いたはず。
というわけで、面白いロシア人と素晴らしい演奏、ピュアで尚かつ捻くれたフランス映画らしい人情喜劇の新しい波。どなた様にも強くお勧めできる名作でございました。
劇場で見損ねた癖に今頃言うのもお恥ずかしい限りですが。
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