食人族映画
かつて「食人族」という映画があり、すっかり廃れていたモンド映画に新たなブームをもたらしました。映画はヒットし、似た傾向の作品もいくつか作られ、わずかな期間「食人族映画」なるジャンルのごときものになりました。
私も「食人族」をはじめ似たようなのを片っ端から観に行ったものですが、面白くはあっても特に思い入れもなく、いつしか食人映画は廃れていきました。未開の原住民に対する差別だとか批判もあったようですが実際にはそのような批判以前にたいした映画じゃないから廃れたのだろうと思います。
イーライ・ロスは世代的なこともあってか食人族映画が魂にこびりつき、深い尊敬と愛情を持っていたのだそうです。そんなわけで思いの丈を込めて「グリーン・インフェルノ」を作りました。
ロケ、撮影準備
並々ならぬ気合いはジャングルのロケに現れています。ペルーの町から5時間かけてジャングルの奥地に出向いてロケをしたそうです。そして、実際に住む現地民にエクストラとして出演してもらうという快挙を成し遂げました。
単なる食人映画のサブカル的オマージュやパロディならば、本当のジャングルに行かずとも、本当の原住民を使わずとも出来たはずです。しかしイーライ・ロスは敢えて本当のジャングルに出向き、原住民とコンタクトを取って出演交渉し、映画を作りました。
公開前にこのことを知らせた情報でまず感心します。感心というか、好感度持ちます。というかよい広報だと思います。
公式サイトのインタビューの中でイーライ・ロスが村人のことを語っています。
村人たちはこれまで一度もカメラを見たことがなかったんだ。テレビや映画がどういうものか、まったく知らなかった。
〜〜(略)〜〜
この村の人々と仕事をして、いろいろと説明するのはとても興味深かったよ。彼らはみんなこの映画の中で演技をしてくれた。
公式サイト | インタビュー
その村人たちは一度も映画を観たことがないんだ。それで、ペルー人のプロデューサーたちが、テレビやジェネレーターを持って戻って来て、映画というのはこういうものだというのを説明した。そして、『食人族』を見せたんだよ。〜略〜 映画とは何なのか、という唯一の評価基準が『食人族』だという5歳の子供たちがペルーのカラナヤク族に今もいるんだよ。彼らにあの映画を見せることで、僕たちがやろうとしている暴力のレベルを知ってもらいたかった。また、どのように演技をするのかということもわかってもらいたかった。一旦、村人たちが観たら、彼らは「了解しました。あなたが何を欲しがっているのかが分かりました」という感じだった。そして、みんながこの映画の中で食人族を演じるという契約をしたんだ。
公式サイト | インタビュー
現地での撮影やエキストラを使うための注意深い作業も行われたそうです。つまり、外界とのつながりがほとんどないこの素朴な村人を映画出演させることで、かれらの暮らしを劇的に変えてしまうという責任についてです。映画製作による影響について、プロデューサーは時間をかけて住民たちに説明したそうです。
ペルーのジャングルでのロケは苦難に満ちており、朝5時に集合して撮影に挑み、虫に刺され病気になり豪雨に遭い怪我して、それはそれは大変だったそうです。
「撮影した映像は壮観で見応えがある。世界中を探してもここでしか得られない映像だ。我々はどんなカメラも入ったことのない奥地に入った。その川の渓谷は“ポンゴ・デ・アギーレ”と呼ばれている。ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『アギーレ/神の怒り』(72)がそこで撮影した最後の映画だったからだ。でも我々は、川とジャングルのほかには何もない、もっとずっと奥地まで入って行った。信じられないほど素晴らしい経験だったよ」
プロダクションノート|公式サイト
という、そういう撮影で作られた気合いの入りまくった「グリーン・インフェルノ」です。ジャングルの景色やヤハ族を演じるエキストラたち、がんばった俳優やスタッフたちを思うと目頭が熱くなります。こうまでして努力と根性で作り上げた映画がですね、感動巨編でも賞レース参加の大作でも何でもなく、人食い土人のキワモノ映画ということが抜群に素晴らしいではありませんか。こんな真似が誰に出来ますか。ここまで気合い入れて食人ホラー映画を作るやつがこの世にいますか。
迂闊な社会正義だけではない
さて「グリーン・インフェルノ」本編ですが、社会運動に関心を持つ学生たちが「開発が進み滅ぼされようとしているペルー奥地の現地民族を救うのだ」と乗り込みますが、彼らが守ろうとした現地民族にとっ捕まって食べられるという、大筋はそんなお話です。
もしかしたら「軽々しく環境問題などと言って騒ぐ愚かな学生たちへの批判」みたいな論調でこの映画を見る人もいるかもしれませんね。
私も観る前はそのような批判的パロディの路線かな、と思っていました。「社会正義や環境問題に首を突っ込む馬鹿な若者が逆に食われてざまーみろ、ばーか」みたいな。内心「もしそうなら、大した映画じゃないな」と思っていたわけです。
しかし実際は全然違いました。違ったというより、そんな単純な目線で済ませなかったということです。
ストーリーを作るにあたって、とっかかりとしては迂闊な社会正義を振りかざすことの危うさというのは確かにあったろうと思います。しかし、展開の中でこの単純な視点はもう少し広がりを持ちます。青臭い社会正義に燃える若者たちですが、一人の悪者を除いてその青臭さというかピュアさに関して決して批判的には描いていないということがわかります。
特に主人公女性の性格設定にそれが現れているし、最後まで観ると明らかなように最終的にはピュアな博愛が悪徳を凌駕する展開となっています。
人食い土人のモンド映画なのに、こんなに深いレベルで自然環境や未開民族について考察しているのだと感動します。この考察の中には、動物を食すという事柄も含まれます。
食人ヤハ族
ヤハ族という未開人の設定はいろいろ詰め込んだ面白設定となっています。ここにはほとんどリアリズムはありません。一般的に想像出来る大袈裟な儀式としての食人と違って、ものすごく軽い食人です。つまり狩猟民族と同等で、獲物は大事な食品という扱いとなります。
捕まえた獲物を檻に入れて保管しますが、逃げ出さない限りちょっと大事に扱ったりもします。子供たちの中には、家畜のようなつもりで愛でる気持ちを持つ子もいたりします。
ヤハ族の描き方こそ本作のキモです。ロケや準備の中で撮影クルーと村人たちの関係そのまま、ヤハ族を「恐ろしい人食いモンスター」としてではなく、普通の未開民族として描きます。料理の準備に勤しむ女たち、取り囲む子供たち、まるで普通の未開民族ドキュメンタリーのように牧歌的なシーンがいくつも出てきます。
食人の恐怖と牧歌的現地民族のギャップに、よじれるような面白さが詰まっております。これは撮影クルーと村人の関係だけじゃなく、もちろんストーリー的にも重要な部分となります。
食われる学生たちは恐怖でいっぱいですが、ヤハ族への憎しみはありません。怖いから逃げたいのは当然ですが、野蛮人への逆襲みたいな発想は全くないのですね。ヤハ族は猟奇殺人鬼どもではなく、食事のための殺生をしているのだとわかっているからです。
もちろん観ているこちらも同じです。「逃げてー」とは思っても「奴らを殺せー」みたいな心境にはまったくなりません。
このあたり、とても注意深く描いていると思いました。だからこそ最後に近いシーンで、主人公女性の目線と観客は同化することができます。
子どもたちの可愛らしい仕草もたくさんあって、足持ってニコニコしてることろや、首切るところやおならくさーっみたいなシーンとか、この恐可愛い姿は見ていて心洗われます。
そして、こうしたシーンは何かを思い出します。そうです。「ホステル」のちびっこギャング団です。あれを少し思い出しました。根っこのところで似ていると思いませんか。
イーライ・ロスという人はもしかしてほんとにいい人なんじゃないかと思えてきます。でないとあんなに怖く可愛く差別的に愛情込めて人々を描くことなんかできません。偽善者や悪人には絶対に真似のできない演出をする人だと思います。
ヤハ族を演じたカラナヤク族は農耕民族で、映画が何かすら知らないのに「食人族」を見せられて「こんな風にやって」と言われて喜々としてやりました。我々も楽しんで見ました。
差別だ何だと小うるさい声もあったようですが、カラナヤク族はそんなこと全く感じていない模様です。これに関して、私はこんな風にも思いましたね。
もし今先進国の映画人が日本に来て、変な風習の日本人を嘘と大袈裟ネタで映画撮るからエキストラで出てって言われたら、嬉々としてゲイシャフジヤマスキヤキ原発とノリノリで演じます。グリーン・インフェルノの現地民の側に感情移入するのはこういうこと。
— HOSOI Hisato (@Nezshi) January 30, 2016
脚本の妙技
この手の映画はお手の物、イーライ・ロスのホラー展開もすでに神がかりの域に達しています。残虐シーン、食人シーンのすごさ面白さは一級品、何だかんだ言いながら食人がメインですからね、バラエティに飛んだゴアシーンはきっちり見せます。かつての食人族映画へのオマージュも捧げまくってます。
登場人物がたくさんいて、誰がどういう順番で死んでいくのかという進め方も捻りまくっておりますね。予想を裏切ります。最初から丁寧に描いていた人物をいとも簡単に殺してしまったり、どう見てもただの脇役、最初に殺されても誰も覚えていないだろ的な人物が後半どんどん人物が立ってきたりします。ほんと上手です。
最初はフォークギター持って青臭い社会正義の若者に見える活動のリーダー、このキャラクターも主人公女性に負けてないですね、ちょっと別の意味でね。後半にはどんどん描き方が念入りになってきて、最後にはもうね、少々びっくりしますよね。この捻りもですね、エンドクレジットの途中に大きくガッツポーズです(心で)
「アフターショック」を観たときに何より面白かったのが前半のチリ観光のシーンでした。「アフターショック」に引き続いてのチリ撮影ですが、イーライ・ロスはチリが大好きなんでしょうか。
「グリーン・インフェルノ」でも序盤のペルーのシーンがとても良かったんです。オート人力車での移動シーンや、ほんの僅かに映るペルーの町並みも。「ホラー展開しなくていいから普通の旅の物語を作ってくれないものか」と思ったりしていました。
完全無欠の最高傑作
感想なんて個人的なものですからわざわざ宣言することもないんですが、個人的にはと敢えて断ってから書きますけど「グリーン・インフェルノ」はちょっと近年最高傑作の映画でした。
好きなもの好きなテイスト好きな演出ってものがあります。それらがですね、すべて含まれていました。例えばまとめを兼ねて羅列すると次のようなことです。
主人公女優が素敵 「アフターショック」にも出ていたロレンツァ・イッツォがかなり素敵。素敵すぎてこの映画のあと監督と結婚しました。映画内ではお部屋の壁に「ベティ・ブルー」のポスターが貼ってあります。
ホラーで残虐でグロくてどしゃめしゃ ゴア描写ならお手の物。ひゃっほー、ひゃっほー。
人喰い土人というチョイス ノスタルジックでもあり個性的でもあり「差別的」という言葉の踏み絵にもなるハイセンスなチョイス。
ロケ地がアギーレを超えた CG時代に決死のロケに挑む本気度。
環境の問題にも茶化すだけでなくきっちり踏み込んでる ここはほんとにちゃんと見て欲しいところ。表裏どちらも描きます。
主人公の博愛が素晴らしい 主人公の博愛はル・アーヴルにも通じるレベルの品の良さ。そして最後はガッツリかっこいい、惚れ惚れする性格設定です。
予想を裏切る細やかな脚本で楽しめる 脇役の面々やお話もたいへんよろしい。ペルー旅情もよい、全て良い。脚本にも力入ってます。
田舎、民族 辺境の地や少数民族を愛情込めて描きます。塩振るかーちゃん、楽しい子供、牧歌的村人たち、そして食人。単にいい感じの人を描くに止めず、いい感じの人が残虐の限りを尽くすというね、このギャップこそ最高です。
てなわけでほかにもいろいろお気に入りの部分はありますがギリギリこんなところで。
MovieBooの筆者は残虐と文芸の両極端を好みますが「グリーン・インフェルノ」はその両方を満足させる作品でした。このような作品は極めて稀です。
イーライ・ロス、一気に高みへ昇り詰めたように感じます。
「グリーン・インフェルノ」は2013年の映画で、続編の構想もありそうです。ヒットすればすぐにでも作る手筈だったと思うのですが、日本ではやっと2015年から16年に公開され、上映館もとても少ないレベル。
こんなことではいけません。大ヒットして次に繋げてほしいと心の底から思っております。
みんなで応援して続編を作ってもらいましょう。
ジョナさん達、迚も、御気の毒ですよね
言う程、嫌な人では無いのに、其れでも喰い殺されて非常に気分が良い等と抜かしてる奴等は
自分が全く同じ事されたら、最初から最後迄、天地がひっくり返っても、ずっとずっと
正義面、被害者面し続け捲ってる事も有りますし、尚更、其奴等全員からは勿論、凡ての皆からも
総ての報復とか復讐とか粛清とか逆襲とか惨殺とか虐殺とか含めて、されてない事等
此れ迄、絶対に一度も在りませんしね
そんな奴等が、人の不幸を笑うな気色悪いって話ですよね
コメントありがとうございます。ちょっと難しい文体ですね・・・。でもそうですね、ざまーみろみたいな目線止まりでは映画がもったいないと思います。そういうレベルに留まるのは想像力不足が原因かもしれないと思いますが人のことはよくわかりません。
人の不幸を楽しむ映画ではありますが、楽しむのと小馬鹿にして笑うのとは大きな違いがあります。ホラー映画を観て登場人物に「早よ死ねボケ。死んだか。ざまーみろわはは」という心境になったことはほぼありませんが、そういう心境に陥る人とホラー映画の関係というものには興味があります。
今晩派、少し読み辛かったのですか
其れは済みません
でも、アレハンドロは兎も角、他の学生さんは言う程、偽善者じゃありませんし、笑う心理が僕にも分かりません
勿論、其の人達は自分が逆の立場だったら、完全に被害者面、正義面等してますし
尚更、其の人達全員からは勿論、誰からも、其れ相応の罰等をも与えられて来たのも含めて
確実に此れでもか、惟でもかと言う程、殺られ続けて来たのも含めて、正真正銘の現実じゃないですかそんな人達が何故、誰に対しても、馬鹿に出来るのか分かりませんね
だから、尚更、逆にバカにされるんだよ、間抜け野郎がと思いました
抑抑、逆に御聞きしますが、其処迄、屑とか言うなら、何故、誤って恋人の肉を食べた事で自殺をしたり、主人公にも優しく為る等の優しい心が有るのですかね?と誹謗中傷してる人達に対して思いました長分、失礼しました
そうですね、この映画の登場人物は多くが優しく繊細でした。それも大いに気に入ったところです。そういうところもちゃんと見てほしいですよね。
今晩派、御返信有難う御座居ます
全く持って、其の通りですよね
因みに、次回作が在りますが、どんなストーリーに為ると思いますか?
「ノック・ノック」ですね、キアヌ・リーブスが大変怖い目に遭うのではないかと。女の子版「ファニー・ゲーム」みたいな言われ方もしているようですが、なるべく何も予想せずフラットに楽しみたいと思います。
御返信有難う御座居ます
済みません、其のノック・ノック、キアヌ・リーブス、ファニー・ゲームとは何ですか?
「ノック・ノック」はイーライ・ロス監督の次回公開作です。http://knockknock-movie.jp 次回作とおっしゃったのでこれのことかと。
「ファニー・ゲーム」はミヒャエル・ハネケ監督の97年の犯罪映画。MovieBooに感想もあります。http://www.movieboo.org/archives/125/funny-games (大したことを書いていないので未見の方の参考にはならないと思います)
済みません、今、気が付きました
御丁寧に有難う御座居ます