ボヴァリー夫人とパン屋

Gemma Bovery
文芸派の田舎のパン屋が「ボヴァリー夫人」のエマとお隣のイギリス人奥さんジェマを同一視して妄想膨らませるというコミカルなドラマ。ファブリス・ルキーニがモノローグとともに観察するお隣夫婦の顛末。これはいい!
ボヴァリー夫人とパン屋

待ってましたの「ボヴァリー夫人とパン屋」です。日本では2015年の夏に公開していました。

ノルマンディの田舎でパン屋を営む元文芸書籍の編集者。越してきたお向かいさんはイギリス人のボヴァリー夫妻。奥さんは田舎が似合わない美しい女性で、危うさを秘めております。名前だけじゃなく「ボヴァリー夫人」のエマにそっくりなわけです。パン屋は若奥さんと「ボヴァリー夫人」のエマを同一視し、淡い欲望と文芸心から妄想を膨らませます。

これは期待通りの面白さ。いいですよ。とてもいいです。
面白ポイントはいくつもありますが私にとっては次のようなところです。

主人公のパン屋マルタンの設定

文学系出版社で編集をしていたが仕事を辞めて田舎に戻り親譲りのパン屋をやっているという設定です。元都会の編集者ですからただの田舎の人ではありません。文学系の編集をやっていましたから文学派です。文学崩れという酷い言い方もできますが、私には崩れているようには見えません。ピュアに文学好きなんです。その証拠に、文学作品と実世界を混同して妄想したりします。がちがちの文学派ではなく、夢見る文学派なんですね。非常に女性的であると思います。まとめると夢見る文学少女おじさんです。おー。

そういう人がモノローグを紡ぎます。夢見る文学少女おじさんにかかれば、暮らしが文学になり、些細なことが大事件になり、退屈な田舎は驚きに満ちた世界に変貌します。
映画的には、ただの不倫コメディが愛の文芸作品になり、細かく文学的表現となり、スケベ心はエロティシズムになり、コントが知性あるスケッチとなります。この効果は絶大です。「ボヴァリー夫人とパン屋」の根っこの面白さはすべてこの文芸・知性といった言葉に集約されるでしょう。

主人公を演じたファブリス・ルキーニ

この主人公は描き方によってはかなりキモくてヤバいやつです。この人を誰がどのように演じるかというのはとても大事なところで、ここでキャスティングをミスったら台無しになりかねません。
というわけで主人公にこの人以外あり得ないでしょうというファブリス・ルキーニが演じます。まじでこの人以外あり得ないんじゃないですか。みんなそう思いますよね。この人ほんといいですね。
夢見る文学少女おじさんとしての性格もね、ぴったりフィットのはまり役。もしかして、この人ありきで映画が作られたんですか?ってくらいです。

危険なプロット」ではマジモンの文学崩れの教授を演じました。コミカルな仕草や表情の奥に潜む知性がにじみ出ます。「屋根裏部屋のマリアたち」では博愛の資産家ぼんぼんを演じました。ベースにあるのは根っから差別意識がなくフラットに世界を見る知性派ポジの性格設定でした。とてもよく合います。

あとで知ったところによりますと、実際にファブリス・ルキーニはギュスターヴ・フロー ベールの愛読者で「ボヴァリー夫人」も大好き、自分の娘にエマと名付けるほどの人だそうです。好きはいいけど娘にボヴァリー夫人のエマとはすごいですね。この映画じゃないけど「最後は死んじゃう!」とか思わなかったんでしょうか。

細やかな他の登場人物

ジェマを始め、登場人物たちもたいへん良い感じです。特にマルタンの奥さんってのが面白くて、もうね、何でもお見通しなんですね。何でもお見通しの奥様っていう設定はよくあると思うんですが、よくあろうと何だろうと魅力的なものは魅力的なんですね。

ジェマを演じたのはジェマ・アータートンです。「アリス・クリードの失踪」のアリス、「ビザンチウム」のクララですよ。化けますね。ほんとに同一人物ですかってほど化けますね。本作のジェマも映画の中でいろいろ化けて、そのどれもが魅力いっぱいです。マルタンでなくてもめろめろでんがな。

ジェマ・アータートンという人も偉い人で、ほとんどフランス語を話せなかったのに、撮影前の数ヶ月フランスに住み、アドリブで台詞が言えるぐらいに上達したのですって。ただ住んでるだけで言葉をマスターすることなど絶対に出来ません。とんでもない努力したのは間違いないと思います。凄いですね。

お話、オチ

イギリス人夫婦の不倫話の顛末、これが意外な展開に発展してびっくりしたりします。なぜか突然ミステリー仕立てとなり、観る者を飽きさせません。そのミステリーをほんの少し引っ張り、引っ張りすぎない程度に謎解きを行いますがここで二度びっくり。大いに感心することになります。びびって笑って感心して、この部分、良質のコミカルミステリーですよ。
こうしてお話を終え、最後の最後にさらにちょっとした捻りを持ってきて、さらにその後のエンドクレジットで流れる音楽。ここまでやるか、と大笑いしてたいへん気持ちよく見終えることが出来るんですねえ。
これはコメディ映画の鑑のような作品です。

原作、監督

「ボヴァリー夫人とパン屋」ですが、これはオリジナルじゃなくてコミックが原作らしいです。どんなのか知りませんが少女漫画みたいのですかね?監督は偶然このコミックを読み「面白い!」ってなったのだそうです。オリジナルじゃないのはちょっと残念ですが、この映画は映画としての出来も大変良いので不問にします。

アンヌ・フォンテーヌ監督は「恍惚」の監督ですね。そうでしたか。エロティシズムの表現に容赦ないのもうなずけます。大人の監督です。「ココ・アヴァン・シャネル」を撮った人でもあります。

「屋根裏部屋のマリアたち」と並んで「ボヴァリー夫人とパン屋」もめっためたに気に入りました。この二作に何か共通点があるのかどうか知りませんが、どっちもたいそう気に入ってるんです。

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