カンボジア、プノンペン生まれのリティ・パニュ監督は13歳で大粛正の犠牲者となり、家族や親族全員を失いました。彼自身は数年後タイに逃れ、難民生活を送ったあとフランスに移住していろいろやった末に映画監督となり、一貫して戦争や虐殺について描き続けています。
クメール・ルージュについては「S21 クメール・ルージュの虐殺者たち」(2002)「Duch, Master of the Forges of Hell」(2011)に次ぐ3作目、特に強調されてるわけではありませんが三部作的な位置づけとなるようです。
「消えた画 クメール・ルージュの真実」はドキュメンタリー映画とはちょっと趣の異なる技法の作品となっています。即ち、人形とナレーションを用いた監督自身の物語です。当時の映像の多くが破棄され記録がほとんど残っていないそうで、記録映像だけを繋いでドキュメンタリー映画を作るのが不可能、ならば別の方法で伝えようということで、多くの犠牲者が眠る土地の土から一体一体人形を作り、これに命を吹き込んで一本作りました。ナレーションは説明的なものではなく、詩のような言葉です。人形と詩。なにやらファンタジックな仕上がりになっています。そしてそれが戦慄であり、実際の映像そのものとはまた違う突きつけを行っております。
この映画を映画作品単体としてみた場合は少し注意が必要です。なぜなら、当時のカンボジア情勢、ポル・ポトやクメール・ルージュ、大粛正についての事細かな説明がないからです。さらに、強制労働の現場の規模や客観的な経緯についても詳細の説明などがありません。この映画は、お勉強的に大粛正を学ぶためとか、単に悲劇について告発するためとか、そういうのを第一義に置いていないわけです。どちらかというと感情や感覚に訴えます。心に直接来ます。ですから、ポル・ポトやカンボジア、イデオロギーや全体主義について学ぶのはこの映画の外で存分にやらねばなりません。この映画そのものについてのバックグラウンドも知っておいたほうがいいという作りに若干なっています。
例に漏れず大国の都合が事の発端です。もともとたいして大きくもない上にシハヌークから弾圧され農村部に潜んでいた武闘派左派勢力ですが、いつものようにアメリカが金を出してけしかけたロン・ノルのクーデター、ベトナム戦争の煽りを受けてのアメリカの空爆といった強制的矯正への反発から、どんどん支持者を増やしていってしまいます。75年にはついにプノンペンを制圧し政権を取るまでに育ってしまいまして、毛沢東に傾倒する武闘派ポル・ポトの極端な全体主義がジェノサイドを生みます。個人の持ち物を全て奪い農村部に連行、非人道的な強制労働に駆り立てます。
監督はこのクメール・ルージュの粛正による犠牲者となりました。数百万の犠牲者が出たと言われてる大粛正です。彼が奪われたものはあまりにも大きすぎて到底我々の想像では追いつけません。当然ながらポル・ポトや共産主義への怨恨は計り知れないものがあります。ポル・ポト派が何をやってきたか、今後もこの監督は告発し続けると思います。しかしただ被害者として告発する立場のほかに、映画監督としての客観的な立場も同時にもっているため、カンボジアの歴史を描くだけに留まらず広くジェノサイドについて考えを巡らせるような作りにもなっています。この冷静さが「消えた画」の普遍性にも結びつきます。
共産主義者というか原理主義的左派というか、こうした連中はどういうわけか内ゲバ体質を持っています。即ち、敵を見誤り憎悪が内側に向かう特徴があります。「内なる敵」への攻撃が容赦なく拡大していくわけですね。この気質は武闘派左派に限らず一般的な左派的な人間に見られる特徴で、些細な相違を許容せず同胞の中の敵を真の敵とか言ったりします。本来アメリカのテロが共通の敵であったカンボジア国民は同胞のはずなんですが、粛正とかわけのわからないことをいってジェノサイドに走る短絡がどこから来るのか、なぜそうなるのかわかりません。それは専門家がいろいろ研究していることでしょうし私は詳しくないのでこのへんで逃げます。
逃げた割に続けるイデオロギーについてですが、ほとんどの共産主義革命は失敗に終わっていますのでもうほとんどイデオロギーの対立などというものはありません。なぜ失敗したかというと一番大きな問題はイデオロギーというより解釈の狭量さと運営上の不手際に尽きるのではないかと思っています。実際に崩壊した共産主義国家の多くが全体主義や上層部の倫理の崩壊、腐敗や利己主義で無茶苦茶なことをやってきた結果滅んでいます。共産主義と全体主義の相性の良さが悲劇を生みます。これを右派と左派の対立で見ると勘違いが起こります。現代では自由主義もすでに枝分かれしており、それぞれは全然違うものになっています。この中で新自由主義(ネオのほう)と言われているイデオロギーではかつての共産主義国家の手法を学び取り入れており、全体主義の統治を着々と進めています。粛正や暴力をこっそり行うことによって静かな熱狂を作りだし目立たぬようわからないように殺します。
リティ・パニュ監督は実際の被害者でありこの方のものの見方に意見するなどもってのほかですし、考え方や感じ方を尊重しますが、映画の中で興味深い言葉がありましたので敢えて書いてみます。それは、かつての生活を思い起こすとき「資本主義の時代は良かった」と振り返る言葉です。これはもしかしたら翻訳のあやまりなのかもしれません。別の箇所では批判の対象を「全体主義」と明確に言っているからです。いうまでもなく資本主義の反対のことばは全体主義ではありませんので、この対比の中で「資本主義の時代は良かった」という言葉にはちょっと引っかかりました。でも実際、これが正直な心境なのだろうと思います。資本主義だから幸せだったが全体主義のせいでとんでもないことになったという歴史は紛れもない事実ですから。でも現代においてはちょっと引っかかります。この言葉で真っ先に思い出したのがマイケル・ムーアの「キャピタリズム」です。マイケル・ムーアは自国を振り返り「かつての資本主義の時代は良かった」と語ります。ではかつての資本主義と今の資本主義は何が違うのか。今の資本主義とはなんなのか。ここが監督と違う歴史と現実の中に住むものとして引っかかる部分ですね。私はその意味での「今の資本主義」というのは新手の全体主義であると確信しています。共産主義社会の悪い部分を挙げていくと、たいていそのまま今の資本主義の悪い部分と同じ項目ばかり並びます。どこが違うのかと見紛うばかりの共通点が天こ盛りです。
話を映画に戻して、「消えた画」の公式サイトには時代背景やポル・ポト派の説明、監督の紹介など基礎知識が掲載されていますので、読んでおくことをおすすめします。というか読んでないと映画だけでは伝わりきれないものというものがあります。他の情報に頼らないと伝わりにくいからと言って映画の価値を貶めるものではもちろんありません。それほど、監督が描いている事柄が大きいということで、映画一本の尺だけでは全体が掴めないからです。監督はこのテーマを20年追っているそうですが、それでも描ききれるものではないんですね。「消えた画」は大きなテーマの中で、ある一部を表現している作品という認識でもいいと思うんです。
興味深い監督インタビューが OUTSIDE IN TOKYO にも掲載されていましたのでここからもリンクしておきました。ぜひお読みください。
「アクト・オブ・キリング」への言及部分など、その批判ができるのはこの監督しかいないし、あの映画のやらかした事の大きさを痛感できます。
インタビューの中でいくつかケチつけたい部分もあるんですが、まあ、それはいいですね。どうでもいいようなことです。またどこかで機会があれば。
第66回カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリ受賞