360

360
名匠フェルナンド・メイレレス監督作品なのに日本で未公開で全然知らなかった「360」は1920年の戯曲「輪舞」の映画化で各地の男女による会話劇からなる群像劇。
360

ウィーンの世紀末系印象派アルトゥール・シュニッツラーの戯曲「輪舞」の映画化です。
各地の男女の会話劇、あっちの会話、こっちの会話といろんなカップルが出てきまして、そして大きなうねりがあります。群像劇です。

原作つきの映画を描かせたらこの人の右に出るものはいないという巨匠の名匠フェルナンド・メイレレス監督がこの「輪舞」を映画化。これまでも何度も映画化されています。1950年マックス・オフュルス、1964年ロジェ・ヴァディム、1973年オットー・シェンクだそうです。
多分ですけど、舞台の設定なんかは現代的なものに置き換えたりしていると思います。

フェルナンド・メイレレス版「輪舞」であるところの「360」も、古い戯曲とまったく感じさせない現代的な作りです。舞台は現代だし、携帯電話も出てくるし。でも話の骨子は多分原作戯曲に沿っているのであろうと想像できまして、極めて普遍的な男女の織りなす複雑なドラマが展開します。

天下無敵の大傑作「シティ・オブ・ゴッド」、後味残す超名作「ナイロビの蜂」、複雑怪奇文芸SF「ブラインドネス」と、数は少ないながらその監督作品は例外なく名作揃いの傑作揃いで、登場するやいなや一発で巨匠となったブラジルのフェルナンド・メイレレス監督です。日本でもヒットしてるし、評価も高いはずです。
「360」のことはぜんぜん知りませんでした。日本では未公開なんですって。有名スター俳優も出てるし、注目集められそうなのにどうしたことでしょう。なんてこったい。

で、タイトルも地味なので気づきにくいのですが気づいてしまったものは観なければなりません。
で、やっぱりいいできです。
ただ、これまでの大作に比べれば幾分小品な感じは受けます。身の丈のいわゆる普通のドラマですからね。
大作・大傑作しか撮らないと思われ続けるのも癪なのでちょっとだけ気の抜けた軽いドラマでも作っておこう、って監督が思ったのかどうかは知りません。

小品だろうと身の丈ドラマだろうと面白いものは面白いです。原作の戯曲の力もあるでしょうし、やっぱり名匠フェルナンド・メイレレス監督の実力は半端じゃねえです。描く力が凄いんです。この監督の演出にハズレなし。
それと大事な脚本ですが、これが戯曲家でもあるピーター・モーガンという、安心印の名ライター。この人の脚本にハズレなし。

オーストリアのウィーンからパリ、ロンドン、コロラドまで、各地の男女のエピソードが描かれます。
たくさんの人が出てきますがもちろん何らややこしいところはありません。
出演者は堂々たる名優たちです。
アンソニー・ホプキンス、ジュード・ロウ、レイチェル・ワイズから、「ソウル・キッチン」でお馴染みモーリッツ・ブライプトロイ、ヤク中的名演技のベン・フォスター、「アメリ」で強烈な印象を残し最近「チキンとプラム」にも出ていた一度観たら忘れないお顔のジャメル・ドゥブーズなどなど、いい監督にいい脚本にいい役者さんたちです。
レニングラード出身のディナーラ・ドルカーロワという個性的な女優さんも出ていまして、この方は最近「愛、アムール」にも出演していました。覚えてますか?
ついでに撮影のアドリーノ・ゴールドマンですが、これまた名カメラマンの撮影監督です。

さて内容ですが、群像劇的にいろんな場所でいろんな人が出てきます。ほとんどが男女の組み合わせで、それぞれの事情を抱えています。この会話劇が中心となります。
どんな話かを説明せずにこういうのも何ですが、もうね、これほんとに面白いんです。それぞれ個性的な物語があって、何らかの繋がりもあります。
見る人によって、どのエピソードが好きとか、どの人に感情移入したとか、そういうのがあることでしょう。
葛藤や問題を抱えつつ、最終的にというか全体的にというか、あまり強烈な部分や身を引き裂くようなえぐい部分がなくて、観る前に想像していたような「映画マゾ御用達のきつい物語」というわけでもないんですよね、それが見終わった後の何とも言えない幸福感に繋がります。そしてそれが「小品」のイメージを付けてしまうのかもしれませんが、なんのなんの、かなり周到で綿密です。小品には小品ならではの突き詰めがあるんですね。
よく出来た映画を見終えた時の満足感がこの映画にはたっぷりあります。つまり、とてもいい映画です。

映画の始まりは高級売春の斡旋をしているヤクザ男と応募してきた女の子ブランカの会話です。
次に、海外出張で売春婦ブランカをホテルに呼ぶビジネスマンです。コールガール呼んで浮き浮きしてるのに仕事の人とばったり会ってしまって気まずいです。

まず最初の、素人が迂闊にコールガールになる設定も痛々しいし、ビジネスマンの話も鉢合わせした男が厭な男に見えます。
この冒頭を見る限り「今後、どのような残酷な物語が展開するのか」と誰もが緊張するでしょう。
その緊張と、最終的な満足感が得も言われぬ複雑な読後感を生むんですよ。読後感というのも変ですが。
ビジネスマンの知り合いはモーリッツ・ブライプトロイが演じていて、この人の味わい深さに最後にんまりです。

性犯罪者の話も印象深いです。私はあのシーンで最悪にドキドキして、それから最高に感動しましたよ正直。アンソニー・ホプキンスもとってもいいです。
それから、この映画に出てくる中で最高にいい女と言えばレイチェル・ワイズの愛人の恋人(ややこしいな)で、彼氏の浮気を知ってむかついて別れてブラジルに帰るわよっという可哀想なローラちゃんを演じたマリア・フロールです。あろうことか性犯罪者に淡い恋心など持ってしまうという、どうなりますか、これどうなりますか、それは見てのお楽しみ。
マリア・フロール最高ですので、写真漁る予定。

それからストーカーすれすれの恋の物語、これを「アメリ」の八百屋で印象深かったジャメル・ドゥブーズがやっていますが、いいですねえこの俳優も。十数年前から印象ぜんぜん変わりません。日本人のタレントで似た顔の人いますよね。

それからちびっ子映画ファンにお届けする近年最高峰のちびっ子シーンがあります。
ビジネスマンのジュード・ロウの娘です。気が弱くておどおどしているこの子が幼稚園か学校の発表会で演劇するんですが、そのシーンを観て私は泣きました。いえ泣くようなシーンじゃないですよ。でもあそこのあのシーンは神懸かってます。もうたまんないです。こみあげます。あの感じ、あの感じ、あの感じ。ああもう、不憫でピュア、心が取れました。

まあそんなこんなで小さな話が絡み合いつついろいろ出てきて、そしてすーっと収束していきます。
たいへんいい映画ですともう一度言っといて今日はこのへんで。

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