おじいさんです。84歳です。「政府が誰でも無償で学校に通えると言っていた。わしも学びたい。入学したい」と杖をついて小学校へやってきます。
「何言ってんの。だめだめ」と断られます。「入学するには、鉛筆とノートが必要だ。持ってないだろ」
次の週、鉛筆とノートを持ってやってきます。
「小学校の制服と、綺麗な靴も持ってないだろ。帰れ帰れ。諦めろって」
次の週、自分でこしらえた半ズボンと制服、綺麗な靴で現れます。
童話のような序盤の展開です。
その様子をじっと見ていた若き校長先生は老人の学びたい気持ちを汲んで、ついに入学を許可します。
水道も電気もないケニアの田舎の小学校に通う老人と教師と子供たちの物語です。この老人は実在の人物で、残念ながら映画の完成を待たずに亡くなってしまったマルゲさんです。世界最高齢の小学生としてギネス認定されているという方です。DVDの付録には、実際のマルゲさんと校長ジェーン、子供たちの短編ドキュメンタリーが収録されています。
この短編ドキュメンタリーは映画製作の資金集めのためのプロモーション映像でして、出資者を募る努力というのはとても大切なことです。
さてこの映画、どんなのかといいますと、田舎の小学校、おじいさん、教育熱心な女教師、おじいさんと教師を慕うちびっ子たち、やっかむ村人、さまざまな嫌がらせ、マスコミ殺到の人気者、学ぶ気持ちの強さ、かつての植民地、未来を託す教育、老人の過去・・・と、そんな感じで、およそ想像できる物語が展開します。ベタな物語と言ってしまえばもちろんその通りです。でも実話ベースってところが、そのベタ臭さを払拭します。いくらベタでも泣きます。何度も泣きます。
イギリス植民地から独立を勝ち取ってから39年、激動のケニアを生き歴史を背負ったマルゲの人生は壮絶そのものです。その彼が小学生の格好をして「文字を学びたい」ですよ。あぁベタすぎる。けど心鷲掴みです。
教育熱心な校長兼教師ジェーンは、周囲や上司の反対を押し切ってマルゲを受け入れます。子供たちにも慕われています。こんないい先生はいません。先生をどこにもやらないで。せんせーい。ですよ。あぁぁ。ベタすぎる。けどちっぽけなハートを握りつぶされます。
DVDのオマケドキュメンタリーを観れば確認できますが、映画のストーリーは実話のエピソードに結構忠実で、その分、自由な映画的広がりには少々欠けているかもしれません。描くべきエピソードが詰まりすぎていて、もっと見たかったケニアの風景、もっと見たかったちびっ子たちの学習風景、もっと見たかった小さな出来事といった、映画の余裕と言いましょうか、映画的広がりというか、そういうのを堪能できなかったのがちょっとだけ残念です。ベタドラマの部分も、演出はカリッと締まっておりますが、それでもちょっとドラマドラマしていて、まあその、悪く言えばテレビドラマのような仕上がりです。あ、いえ、悪く言い過ぎですね。決してテレビドラマみたいな映画ってわけじゃありませんよ。えーと、そのー。どちらかというと若干スタイリッシュでCMっぽい・・・いや、書けば書くほど墓穴を掘りそうなので、そういう話はやめときましょう。
ただ、監督は敷居を上げたくなかったというようなことを目論んでいたそうですので、重すぎず苦しすぎずちょうど良い案配に納めることに成功したのかもしれません。
全編にわたり、音楽が多用されています。ちょっと音楽多すぎますが、アフリカ的ポップスのとても良い音楽ですので全然気になりません。アフリカ音楽が好きな人は思わずサントラを探してしまうレベルでしょう。
製作はBBCフィルムってことで、イギリスの汚点に向き合う姿勢には敬意を表します。
しかしケニアはイギリス連邦国であり、完全に独立したと言えるのかどうか微妙なところもあって、この映画によって免責されるというわけでもなく、複雑なところです。ケニアは英語も公用語のひとつですが、アフリカなまりの英語が歴史を感じさせます。とは言っても、過去は変えられないし、英語やフランス語が飛び交うアフリカ大陸の国々は、植民地であった歴史も歴史のうちという、それが現実なわけです。
アフリカの国々には多くの部族がいて、それぞれに特徴があったりします。本編中、教師ジェーンの親が湖の畔に住む部族と聞き、マルゲが「うんうん、よい部族だね」と頷くシーンがあります。なんか、ファンタジーを感じました。
アフリカ大陸は列強諸国にメタメタのぼろぼろにされた想像を絶する歴史を経てきています。あれほどの目に遭いながら、多くのアフリカ大陸の国の住民は怒りを露わにしません。いや、している人も居ると思いますけど、全体的に、呪いの過去より未来を見ているような気がします。実際、ケニアの誰かがそういう意味の平和的発言をしているのを聞いたこともあります。人間が出来すぎていてひれ伏したくなるほどです。
マルゲは忌々しい過去を忘れることは出来ませんが、それでも常に未来を見ています。文字を学んで手紙を読めるようになりたい、獣医になって羊の面倒をみたい、子供の教育は国の未来だ、と語ります。
監督は「ブーリン家の姉妹」のジャスティン・チャドウィック。
マルゲを演じるのはケニア生まれのオリバー・リトンド。アメリカの大学を出て放送ジャーナリストとなり、BBCの特派員、ケニア放送公社のニュースキャスターとして活躍。一方で演技や映画に興味を持ち、71年以降TV映画や長編映画にいくつか出演する俳優でもあります。
教師ジェーンは「えびボクサー」「28日後…」のほか、ハリウッド大作にも出演する売れっ子女優ナオミ・ハリス。教師の役、よかったですよねえ。
その教師ジェーンの旦那チャールズ役は「ホテル・ルワンダ」「インビクタス」などに出演のトニー・キゴロギです。端役ですが「ロード・オブ・ウォー」にも出てたんですね。
「おじいさんと草原の小学校」っていう、ほのぼの自然派コメディみたいな邦題ですが、草原っていうには荒れた土地だし、コメディではなくわりとまじめなドラマです。狙い所は少しずれています。
ただまあ原題も「The First Grader」(一年生)っていうコミカルなタイトルだから、「おじいさん一年生のちょっとおかしなものがたり」みたいなイメージで売り、より広いお客さん層にアピールする狙いはあるんだろうなと思えます。その狙いに釣られて、普通の人が気軽な気持ちで観るってのはいいことです。社会派映画を避けるような普通の方こそが家族みんなで観るべき映画かもしれません。
老人にちびっ子、アフリカの大地と音楽、MovieBoo的にもたいそう好物の涙腺ゆるゆるドラマをどうぞ。
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