幸せいっぱいの奥様が産科医のハラスメントを受けて医者を訴え、訴えられた産科医は気弱に自殺、自殺医の奥様はショックで流産。そして逆恨みに燃えます。あの糞奥さんが訴えなかったら幸せだったのに。むかつくー。そしてベビーシッターになりすまし、幸せいっぱいの奥様家庭に入り込みます。復讐じゃ。復讐じゃ。ドキドキのサスペンス劇場です。
なんかあれですね、「氷の微笑」とか、あの頃のサスペンスですね。家庭内の身の丈の恐怖といいますか、ホラーやサイコ系みたいな無茶苦茶やるタイプじゃなく、じわりじわりと嫌がらせがはぐくまれるタイプです。懐かしいですね。70年代後半か80年代の作品かと思ってたんですが、「氷の微笑」もそうですが90年代に入ってたんですね。91年かあ。
今観たらやけに古くさく感じるのはなぜでしょう。もっと古い映画でも全く古さを感じないものもありますが、サスペンス・スリラー系ってのはよほど年々新しい技法や流行が生まれているのか、所詮その場そのとき限りの娯楽劇場の宿命なのか、せいぜい80年代の映画なら「面白かった」と思うはずのところが、91年作と聞いて「それなのにこの程度なのか」とちょっと思ってしまったのも事実。
ひとつ理由がわかりました。楳図かずおです。このね、家庭内に入り込んでじわりじわりと嫌がらせしていく課程ってのが、60年代から70年代にかけての楳図作品を彷彿とさせるからなんですよ。きっと。多分。
というわけで「ゆりかごを揺らす手」ですが、屁理屈と先入観抜きにしたらこれがまあまあ今観ても面白いんですよ。ベビーシッターになりすました復讐女がやや同情を誘うような役割なところなど、ホームドラマ寄りのサスペンスとして抑制がほどよく効いています。ちょっと失礼じゃないだろうかと思ってしまうぐらいな描き方の黒人青年の味わいや、それから何と言ってもジュリアン・ムーアの存在感など、見どころはけっこうあります。
オチに向けてのドタバタが少々乱暴ですが、それは現代の娯楽映画にもそのまま当てはまる欠点なのでこの作品に限ったことではなく、仕方のない側面もあります。
さきほど「古くさく感じる」と書きましたが、古くささが良い方面に出ている演出も多くあります。女優のアップで紗がかかるところや、古いサスペンスにありがちな「人が死んだ直後なのに誰も気にしない脳天気な振る舞い」など、こうした伝統的な演出は古く見えるからこそ味わいがあったりして、懐かしい気分も含めて楽しめるのであります。
腰が立たなくなるほどの優れた文芸作品や、壮絶な血しぶきと切り株みたいな極端な映画ばかり観てないで、たまにはテレビの夜9時から掛かるようなこうした軽い映画を観るのも楽しいものです。