良質なスリラーです。
監督は「バッファローソルジャーズ 戦争のはじめかた」のグレゴール・ジョーダン。
ソリッド・シチュエーション系のホラーやサイコ系にも近いスリラーで、爆弾を仕掛けたというイスラム狂信者の元軍人に、国家側が爆弾の在りかを白状させる尋問、拷問を行うというお話を扱います。
根っこには多分に政治的なテーゼを投げかけた寓意を含み、映画の出来映え的には舞台劇にも似た良質の緊張感が漂います
冒頭は犯行声明ビデオを撮っている男の映像です。何度も撮り直し、名を名乗ります。犯行声明ビデオっぽいのはわかりますがその内容はまだわかりません。やばいことが起きそうな予感を与える冒頭シーンです。
そして画面は一転、キャリア風女性の出勤シーンです。硬い顔をしていて、交差点で出会ったこどもに愛想をするのもぎこちない様子、この人がFBI捜査官で、ちょっとだけ偉いさんです。
そしてさらに画面が一転、アラブ系の奥さんと暮らす屈強でミステリアスな男がちらりと映ります。
この三人が主要登場人物です。
ある男が爆弾を仕掛けた模様。犯人はすぐに判明します。爆弾を仕掛けたらしい場所の写真がTVで公開されています。
犯人はどこにいるのか、写真の場所はどこなのか。FBI内部でわらわらと人が動き始めます。
一見、普通のクライム・サスペンスのようですが「4デイズ」はこの後、意外で個性的な展開を果たします。この映画、犯人探しがメインのストーリーでもないし、推理力で爆弾の場所を探し出す捜査ドラマでもないんですよね。
ではなにかというと、尋問です。犯人はとっとと捕まり、この男から爆弾を仕掛けた場所を聞き出すという交渉がメインとなっていきます。交渉、というような甘っちょろいものではなくて、まあ世にも恐ろしい国家による拷問です。
ストーリーを紹介しすぎてしまいましたが、このへんまでは宣伝の紹介文ですでに明らかにされているのでしょうがない。本当は何も知らずに見た方がまじ楽しめますが。
拷問についての問題提起が寓話の形で示されます。国家による残酷な行いについての是非です。拷問担当の男と、理知的でやや理想的なFBI女性がそれぞれの立場に立って観客に突きつけます。とはいえ、善悪の単純な対比で済ましていない点は好感を持ちます。監督はどちらが良い悪いというようなスタンスでは撮っておりませんで、テーゼについては観客に投げかけているだけです。
さて、犯人スティーヴン・アーサー・ヤンガーを演じるのが「フロスト×ニクソン」でテレビキャスターを演じ尽くした実力派マイケル・シーン。
「4デイズ」においてもっとも重要な犯人役を完璧にこなしました。この演技なくしては「4デイズ」は存在しないと言ってもいいくらい。
マイケル・シーンの迫真の演技は見応え大ありです。さすが舞台俳優の実力派です。弱そうなイギリス人顔と不釣り合いな壮絶演技力は「フロスト×ニクソン」でも「4デイズ」でも特別に輝きまくっております。
実際の撮影でも毎日撮影現場に来ては椅子に縛られ、水をかけられたり罵られたり唾を吐きかけられたりと拷問のような状態だったらしいです。でもプロ根性で「映ってないときも100%本気」と、叫び声を上げ続けたのだとか。尊敬ですね。
拷問担当官Hを演じるサミュエル・L・ジャクソンはついこないだナオミ・ワッツと羨ましい絡みを見せた老齢の男(愛する人)とは別人のような役柄で怖さを炸裂させます。もうね、こんな男がやってきて拷問のそぶりを見せたらですね、わしなんかその瞬間に小便を垂れ流しながら聞かれてないことまで全部べらべらしゃべりますよ。
拷問担当官は一見荒唐無稽ですがきわめてリアリティがある設定で、この映画を作るに当たって協力したFBIや軍などからのお墨付きももらっているのだとか。
アメリカは実際に拷問をやっているし、わけのわかんらん「テロとの戦い」の名の下に残虐行為を繰り広げた国ですから「正義のための残虐」を正当化するこの役柄はそっち系の人にとっても説得力がある設定なのです。
理知的で暴力を嫌うFBI捜査官を演じるのがキャリー=アン・モスで、この人の年格好が役にもぴったり。役柄的には「羊たちの沈黙」のジョディ・フォスターみたいな感じといいましょうか、でもこっちのほうが大人で冷静、時にはブチ切れ、でもやさしい、でもしっかりしていたりして、まあ言ってみれば観客の多くが感情移入する対象としての役柄です。
とはいえ、この人のこの役柄が最終的に勝利を収めれば普通の良心的な映画ってことになりますが「4デイズ」はそんなに甘くない。そこんところがこの映画の深みと直結しています。
グレゴール・ジョーダンは「戦争のはじめかた」を撮るような監督ですから曲者です。「4デイズ」のテーマも単純じゃありません。一見単純な図式にはめ込んだその実深い問題提起はこの映画の大事なポイントとなっています。といっても脚本を書いたのはピーター・ウッドウォードで、監督はこれを評価しているということですが。
映画では直接描かないにしても、監督の考えは本人の弁によりますとやはり拷問については「非」の立場をとっておられます。
「4デイズ」への批評の中に「正義という名の残虐行為を正当化する(ブッシュ政権擁護)映画である」というような的外れな批判があるそうですが、それについては「断固そうではない」と言い切ります。
「チェイニーやラムズフェルドのようなあくどい連中を正当化するなんて悪夢だ。だから結果をあえて示さず、謎を残したラストにしたのだ」
すかっとすることを言ってくれるじゃありませんか。
とはいえ、女性FBI捜査官を単なる良識・良心として委ねているわけでもない点がいいですね。
国家による拷問はとんでもありませんが、じゃあ良識と知恵で乗り切れるのかというと、これがそうではないのでして、結論を探しているとどうしても絶望的な気分になってまいります。
グレゴール・ジョーダン監督は「4デイズ」を作るに当たり、ある一本の映画を参考にしたといいます。「アルジェの戦い」(La battaglia di Algeri・1966)です。アルジェリアのフランスからの独立を描いた映画で、フランス側がテロとの戦いのためにアルジェリア人を拷問するシーンがあります。
拷問により一時勝利しましたが、結果的には世界から顰蹙を買い、敵に力を与えたことになり最終的にはアルジェリアから撤退するのです。
もし敵が残虐な行いをしたとして、それに対抗するのが同じかそれ以上の残虐行為による報復であるならば、両者まみれて悪の雪だるまになるしかないのでして、正義=悪なのでありまして、長期的には深刻な事態を生むのです。
こういう問題は死刑制度の問題と同じく、なかなか簡単に答えを出せないふかーい問題なのでありますねえ。