23年の沈黙

Das Letzte Schweigen
少女が麦畑で襲われ殺害されるというむごたらしい犯罪から23年が経ったある日、23年前と同じ場所で同じようなシチュエーションの少女失踪事件が起きます。
23年の沈黙

23年前の事件と関わりがあるのかないのか、犯人は誰なのか、失踪した少女はどうなるのか、といったストーリーが大筋では流れます。
しかしこれは所謂そういった通常のクライムサスペンス劇場ではありませんで、どちらかというと事件に関わる人間たちの個々のドラマに主軸を置いたネチネチ系の人間ドラマです。
23年前の犯行に関わる男とその家族、23年前の被害者の母親、妻をなくして弱っている刑事とその周辺、そういった面々がじっとり系のうじうじ系のドラマを展開させます。

何らかの傷を負う登場人物たち、脇役でさえも何やら個性的な設定をなされているかのような、多くの人物を類型としてではなく心を持った人間として多面的に描こうとしています。
心理方面ではきれい事だけではなく心の歪みというものも直視します。
心に傷を負う人たちが失踪事件によって過去を引きずり出されてその傷口を広げられ、それぞれが辛い思いを抱きつつ、どうしようもない顛末へ向かって転げます。

と、書くと何やら良さそうな映画に思えるでしょ?
でへへ。ところがどっこい、そうは甘くありません。上記を読むと、「一つの事件によってえぐられる深く広い人間模様と心と葛藤」とか「23年の時を経て置き去りにしたことや引きずっていることがあぶり出されたりして」とか「人物造型に深みがあって余韻を残すエンディング」とか、良いことを想像するでしょ。
そうですそのとおり。この手の「そういう」映画であるということは非常にわかりやすいのです。風景描写も美しいし、映像でどどーんと見せますし、一筋縄でいかない傷ついた人間のドラマもまあまあ見応えあります。
んが。
ちょっと力不足。
個々のドラマが「そういう映画」から想像できるいろんな映画より、かなりちょっと、その、あの、表面的というか、軽々しいというか、類型から脱するための技法そのものがとっくに類型であるというか、連続テレビドラマ的というか、そんな感じです。
監督のバラン・ボー・オダーは1978年生まれのまだまあまあ若い監督です。
力を込めて23年間の重みや登場人物の複雑な心理を描きたかったのだろうけど、今一歩深みに欠ける表面的な深さに留まってしまいました。

綺麗なシーンは綺麗だけど、物語を観客に説明するためのいわゆる普通のシーンが描写不足と観念的すぎることから全く印象に残りません。これを書くためにどんな映画だったかなーと思い出そうとするんですが、思い出されるシーンは
「ピンポーン。はいどなた。ちょっと話が。どうぞ。でも実際にはもじもじしてるだけで話の内容はほとんどない」
「携帯びりりーんびりりーん。俺は辛いんだから出ないぜ」
「こっち入りなよ。もじもじ。ささ、はやく。もじもじ。やっぱ帰るわー。バイバイ」
「携帯びりりーん」「辛いから出ない」
「ドアピンポーン」「・・・無言」「・・・無言」
「携帯びりり」「ドアピンポーン」「携帯ぴりり」「ドアピンポーン」

誰かが誰かを訪れたり電話が鳴ったりするシーンばかりです。それで、どんな会話をするかと思ったら中身がほとんどなくてため息や鬱々表情ばかりだったりします。

うじうじ君たちはじっくり描けていますが、一般的ないろんなリアルであるべき事柄の描写力がなさすぎて全体的に説得力の欠けたドラマとなっています。惜しいです。

登場人物ひとりずつに割と注目するような展開なので、これはやっぱり連続テレビドラマであるべきでした。そうすると、放送1回ごとに「今日の主人公」が描けて、それらが一つの事件に結びついて、最後は重いエンディングを迎えて「おもしろかったー」ってなると思います。

というわけで貶しているように見えますが決して貶していませんよ。「見てられない」映画だと腐しているのではなくて「やろうとしていることはわかるし伝わる。でも惜しい」って感じです。
そうそう、時にいいシーンも散りばめられていました。

奥さんを亡くして情緒不安定の刑事が夜自宅でコスプレやってるシーンは最高でした。ああいう良いシーンをしれーっと描いて、おまけに何ごともなかったように劇を続けるという演出はキラリとひかるものがあります。
お腹の大きな女刑事が腹出して寝てるところとかもいいです。

麦畑の映像もきれいだし、エンディングにかけてのドラマもある部分たいへんよろしいです。
稚拙な部分は多いですが致命的とも思えません。若年層にはおすすめできるちょうどよい深みとも言えます。若い人が想像する「23年間の重み」です。悲しいかな年寄りになると23年間など普通にリアルな時間として認識してしまうので稚拙に感じるのです。稚拙さが目立ってしまうのは観る人間が年寄りだからです・・・なんかわし、墓穴を掘ったようじゃのぅ

状況描写に力を入れ、類型的安い演出の呪縛から逃れられるようになればこの監督はきっと化けるでしょう。

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