冒頭は運転シーンです。ふらふらしてます。注意力散漫です。危ないです。怖いです。
この映画はコミカルな映画だと思っていましたがこの冒頭のドライブシーンの怖いことと言ったら。
映画に出てくる運転シーンはどれもこれも大変です。大抵は同乗者とべらべらおしゃべり、よそ見に脇見、全然運転に集中していません。
そうでなければ気の焦り、注意力なし、急いでいる、考え事しているといったこれまた全然運転に集中していないシーンばかり。
本当にドキドキします。
運転談義はともかく、とにかく主人公エリック・ビショップは二度の結婚に失敗し子育ても順調とは言えず人生に覇気がなく、後悔ばかりしていて負け犬感が強く、駄目人間風です。仕事は郵便局員でちゃんと働いていますし、友だちもたくさんいますから本物の駄目人間ではありません。
このエリック・ビショップ、サッカーファンで特にエリック・カントナというスター選手が大好きです。
最初の奥さんのことでうじうじ悩んでるこの男が息子の部屋からマリファナを拝借して現実逃避していると、目の前にエリック・カントナ本人が現れ、それからというもの何かにつけて人生の指針を与えてくれるという奇天烈系人情コメディ映画となっております。
普通の冴えないオヤジの前に有名人が現れ友人となり助言を行い、冴えないオヤジが人生に明るさを見いだすというそういう軽いテレビドラマ風というか漫画的というか、軽薄というか、何故こんな映画を?と思わないでもないストーリーですが何故かこの作品、2009年のカンヌ国際映画祭でパルムドールにノミネートされるほど評価が高いのですね。
ちなみにこの2009年、第62回のカンヌは「アンチクライスト」「イングロリアス・バスターズ」「抱擁のかけら」「エンター・ザ・ボイド」「白いリボン」「アレクサンドリア(Agora)」「Dr.パルナサスの鏡」「カールじいさんの空飛ぶ家」「空気人形」「母なる証明」「プレシャス」などなど、個人的に奇跡の年と言いたいくらいの大変な良作が目白押しでございました。
たんなる漫画的ファンタジー系映画とこの「エリックを探して」の違いがどこにあるのか、寅さんとこの映画の違いがどこにあるのか、そのへんがある意味キモとなっています。
最初のドライブシーンといい、荒みかけた家庭の表現といい、社会派ケン・ローチのみっちりむっちりした表現技法が冴え渡っており、その等身大のリアルさとファンタジー要素との合体がこの映画を特異な位置に持ってきているような感じ。
後半は軽すぎるタッチのやや呆れるようなコメディになりますが、中盤までの深みとコミカルさのバランスはなかなか神懸かっておりますよ。
コメディと言えば人情。この映画の人情部分はやはり最高です。
冴えない中年男の職場の仲間たち、定番の描き方とはいえ、味わい深さに満ちています。
仕事をあまりちゃんとしない郵便局員は最高ですね。
国営事業である郵便局っていうのは、まさにこうあるべきです。理想の郵便局です。昼間から近所のバーへ行ってサッカーの試合を見たりしていいのです。郵便事業を民間業者にしてしまい、職員に厳しく利益を追求し他国に便宜を図り国民から掠め取った金で資産家の懐を肥やすなどまこと愚の骨頂、馬鹿の国のやることですね。
かつてこの馬鹿の政策を巡って先の大戦以来の国民洗脳運動が巻き起こり二度と後戻りできない最悪国家に成り下がる決定的瞬間であるところの郵政民営化衆議院選挙が行われたのも記憶に新しいところですが、あの時の洗脳効果は先の大戦から何事も学んでいないクズメディアと愚国民によってもたらされた日本の終わりの始まりです。
そういう話はともかく、この郵便局員の仲間たちといい、30年の歳月をまるでなかったかのように恋心を抱き続けるエピソードといい、この作品はかなりの童話です。
なにより有名サッカー選手が現れてさまざまな格言とともに人生のヒントを与えるなんていう話からして童話以外のなにものでもありません。
序盤のリアルな日常演出と童話の融合、これに価値を見いだせるかどうかがこの映画の評価の境目です。
もちろん真の童話はリアルでどろどろしているものです。ですからもちろんこの作品はOKです。むしろ童話としてオーソドックスです。
エンドクレジットに少しお楽しみがあります。ここは笑た。