主人公チナスキーは原稿を書き出版社に投稿する生活をしています。作家です。ですが採用されたことはありません。
仕事もしますがやる気はないし、隙を見つけてはサボってバーに飲みに行ったり無断欠勤を繰り返すなまけものです。なんせ酒が好きで、絶えず飲んでます。それから女です。女も好きです。好きですが差別的に好きなのではなく愛として好きなのでそこら辺は相当ピュアと言えます。仕事をさぼるのは当然だと考えています。すぐにクビになりますが懲りずに次の仕事の面接にせっせと行きます。クビになるときの捨て台詞「おれは時間を売ってるんだ。1時間たった6ドルでこき使いやがって」を聞いてどきっとしました。同じセリフを、若い頃に吐いた事があります。
作家を目指して投稿していますが採用されたことがありません。こういうとき普通は「作家を目指している」と言いますが、チナスキーは「作家だ」と言います。食えてるかどうかは芸術家にとって重要ではないという考えです。どきっとしました。私もそう考えているからです。
1920年生まれのチャールズ・ブコウスキーはミュージシャンや映画人などに好まれている作家で、50歳くらいまでこの映画のチナスキーと同様、放蕩の駄目人間をやっていました。70年以降は数々の本も出版され世界に知れ渡る存在となりましたが、そのきっかけも長年投稿していた出版社からの「生涯月額100ドルの報酬」契約を取り付けたからにすぎず、その契約のため直前まで勤めていた郵便局を辞めてしまったそうです。
そういえば私も若い頃、時給1000円の絵の仕事のため勤めていた会社を辞めてしまったという経歴があり、月額100ドルと言えど作家として契約できたわけで、それによってさっさと仕事を辞めてしまったブコウスキー、またもや他人とは思えない。
この映画のチナスキーを見ていても一目瞭然ですが、ただの駄目人間ただの底辺の人間ただのアホではなく、芸術家にしてインテリにして哲学者にして詩人です。インテリで身勝手で駄目人間で愛にピュアなこんな野郎、ミュージシャンや映画人たちからリスペクトされて当然ですよね。
ただの駄目人間と違って芸術家ですから、自信過剰や義務を果たさず権利ばかりまくし立てるのもご愛嬌です。根っからの駄目人間ではなく芸術家としての自信が彼を尊大に振る舞わせますがそれが一体どうだというのでしょう。全然OKです。
酒を飲み煙草を吸い仕事をさぼり放蕩します。旅をする話ではありませんが、ずっと旅をしているかのような物語です。
このようなちんぴらを嫌う人たちもきっと沢山いることでしょう。チナスキーを見て感情移入どころか全く理解不能、こんな最低野郎は糞して死ねとか思う人もきっときっとたくさんいるはずです。合理性命で効率のことばかり考え無駄を嫌い排他的で社会に満足し想像力欠如の権威主義者でファシストならば、チナスキーを見てきっとゲロを吐くことでしょう。
文化・芸術とは無駄の塊、社会のゴミ屑、駄目人間の遠吠え、酒と煙草なのです。
さてさてというわけで、この映画の監督は「キッチン・ストーリー」のベント・ハーメルです。独特の間合いととぼけた味わいの方ですが、でもどちらかというと製作のジム・スタークの特徴のほうが色濃く出ているかもしれません。ジム・スタークは「ミステリー・トレイン」「ナイト・オン・ザ・プラネット」でジム・ジャームッシュ映画を製作したほか、「イン・ザ・スープ」も製作している人です。曲者系映画の製作ならどんとこいでしょうか。
チナスキーを演じるのはマット・ディロン。男前です。ポール・ハギスの「クラッシュ」では差別主義者のヤンキー兄ちゃんを深く深く演じましたが今回は自意識過剰の怠け者の芸術家を演じきりました。気の抜けた話し方や間抜け面のチナスキーになりきった演技は見事。
そして腐れ縁の彼女にリリ・テイラー、もうひとりの彼女にマリサ・トメイです。この二人の女優の味わい深さも絶品。
マリサ・トメイは一時期以降ぱっとせず「一発屋」とかなんとか言われたそうですがちょっと年を食ってからの魅力は替えがたいものがありますね。特に近年の「レスラー」での演技には痺れました。
数年後にしれーっと一節追記しますが、印象深いリリ・テイラーがこの映画よりうんと前に出演していた「アリゾナ・ドリーム」を後に観まして、その強烈な個性におののきました。強い印象を残す個性派ですよねー。
やや中年にさしかかる年頃の3人の愛の映画として見ても楽しめます(か?)
あなたの文章好きです。
あら嬉しいわ。