中東和平にかすかな希望が見えていた90年代初頭が舞台。エジプトの警察音楽隊がイスラエルに招かれ来訪するものの、団員の手違いと団長(サッソン・ガーベイ)の頑固さから目的地を誤って砂漠近くのホテルもない小さな街へやってきてしまいます。
そこで出会った食堂を営むディナ(ロニ・エルカベッツ)の親切で、楽団員はそれぞれ 一夜の宿を提供されることに。
警察音楽隊の面々が見知らぬ土地で一宿一飯の恩義に預かる人情コメディです。
田舎町の住人はユダヤ系アラブ人、お世話になるのはエジプト人。本来ならやばいです。でも和平に希望が見えていた時期であることと、庶民にとっては政治的敵対などどうでもいいことであることが相まって、何とか楽しく一夜を過ごせるよう、双方気を遣います。
アラビア語とヘブライ語でコミュニケーションは取れず、つたない英語で会話する面々。会話が成り立っているのかどうなのかさっぱりわからない状態です。また、アルコールを飲めないなど、習慣の違いから誤解を招くこともあったり、コミュニケーション不全の気まずい空気に身を沈めたりします。
もう見ていて身がよじれるというか悶絶というか、気まずさや照れといった神経の細かい部分でのズレがですね、辛くて恥ずかしくて、変でおかしくてとぼけていて面白いんです。こりゃたまらんです。
シャイな性格も我々日本人にはとても馴染み深かったりして、アラブをアジアに含める考え方に大きく同調できたりします。
気まずく落ち着かない雰囲気ながら、一夜を共にするうちにそれぞれが少し溶け込んだり仲良くなったりしていくさまを描く脚本と演出は実に見事。若い監督なのに味わいというものがよくわかっています。
絶妙な間合いやとぼけた可笑しさは今や世界共通のオフ・ビート系列の都会派ハイセンス映画と同類であると言っていいでしょう。北欧系というかアキ・カウリスマキや「キッチン・ストーリー」やジム・ジャームッシュなんかが好きな人はたまらない魅力でコテンパンに伸されること間違いなし。そっち系好きな人には迷わずお勧めの心優しい人々の物語です。
90分に満たない短い映画でして、終わった時には思わず「もう終わり?もっと!」と叫んでしまいました。おかしな会話やコミュニケーション不全、そして何となく心が通じてくる面白さは格別です。
イスラエルにもこんなに優しさに満ちた映画があるのです。映画っていいですね。是非どうぞ。