遺伝子の解明によって人間の価値を測る完璧な手段を見つけた未来社会です。
遺伝子操作で作った優れた適正者人間と、自然出産によって生まれた不適正者人間。新しい差別が定着しています。
もちろんこれは人種差別や学歴差別、格差の比喩として用意されたSF設定です。遺伝子嘘つかない、ということでその差別は絶対的で合理的であるとされる世の中ですね。SFらしいカリカチュアライズです。
主人公(イーサン・ホーク)は自然出産で生まれた欠陥人間、遺伝子を調べた結果能力は適度に劣り心臓が弱く寿命は30歳くらいと言われてしまいます。
その彼が学歴詐称ならぬ遺伝子詐称を行い宇宙局ガタカのエリート社員としてまんまと潜り込み努力の果ての宇宙旅行を目指して頑張ります。
ガタカ内で発生する殺人事件、適正者である弟との確執、遺伝子詐称の協力者である挫折した元エリート(ジュード・ロウ)との関係、同じガタカの所員で古典絵画のような美女(ユマ・サーマン)とのラブロマンスなど様々な要素を絡めて、不適正者の主人公が適正者を乗り越えていく様を描きます。
生まれながらの遺伝子だけで人生は決まらない。強い意志と頑張りと良い人たちの協力で新しい道を切り開くことが出来るのだ、という積極的な生きる道ドラマですね。
スタイリッシュな映像、綺麗な景色、クールさとホットさが入り交じり、未来社会と根性主義が共存し、人の心の屈折や挫折や友情や愛情、家族、個性、そしてミステリと緊張感、いろんな要素がたっぷり詰まって楽しめます。
いろんな要素を絡めすぎて、それら全てに決着を付けるべくエンディングあたりがちょっと散漫になってしまったりしていますが、それはそれとして。
特にSF設定と殺人事件を絡めた発想はいいですね。わくわくします。
欲を言えば、ラブロマンスとか水泳大会とか余計な要素をそぎ落として、ハードSFミステリ社会派映画で突き進んでくれれば歴史に残る名作になったかもしれないと思ってしまいますが、97年の映画に今頃ケチつけるなんて卑しいことはしたくないのであるがまま受け取ります。謹んで欲を言うのは取り消しします。
今の時期にこの映画を見ると一つの皮肉なものを発見することになります。
それは煙草です。
遺伝子時代の未来社会でも、お店は禁煙店じゃなく、煙草を吸えているんですよね。遺伝子差別の時代を予言するSF映画でも、10年後の煙草差別を予言することはできなかったようです。
遺伝子の解明みたいなややこしいことを待つまでもなく、現代社会に住むくたびれた病的人間は大っぴらに差別してもよいネタを上手に見つけ出し、隠れた差別意識、他者迫害の喜び、ファシスト意識を満たすための手段を得ました。これは予想外の未来でした。
余計な話はさておき、イーサン・ホークとユマ・サーマンはこの映画の後に結婚したんでしたっけ。今はすでに別れているんですよね。イーサン・ホーク、若い頃はヤンキー兄ちゃんですが年を取って渋い味わいが出てきました。仕事は思い通りにはならなかったようですけど。「ファーストフード・ネイション」でいい役で出てましたっけ。ああいう、少しくたびれたいい感じに成長するとは、本作を見ただけでは予想できないですよね。
一方のユマ・サーマンは、テリー・ギリアムが「バロン」でボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」に見立てた起用で見るものの度肝を抜きまして、「パルプ・フィクション」で突き抜けて、というか今ではすでに大女優の貫禄です。
シーシェパードという環境テロリスト集団の支持者らしいです。おっと、私生活と仕事は無関係、こんなことはまあどうでもいいことです。
もうひとつwikiによりますと、 Uma という名前について、「ウマ」あるいは「ウーマ」が正しいようなんですが、日本では馬と同じ発音なので「ユマ」と発音・表記するようになり、本人もそれを了承しているのですって。
お父さんはコロンビア大学チベット仏教学教授のロバート・サーマン。その筋の第一人者で著作もあります。Uma の名の由来もチベット語ですね。
ジュード・ロウは私は「Dr.パルナサス」で始めて知った名前なんですが、12歳から演技を始め17歳でテレビドラマ出演のチャンスがあって高校中退という経歴を読んで一気に親近感が。頑張ろう高校中退。
あ。「A.I」のジゴロ・ジョーはジュード・ロウですか。ほー。そーだったんですかー。
というわけで「ガタカ」、差別と格差にめげずに希望をもたらす話として今だからこそ若い人から再び大きな支持を得ているのだなあと思います。