ジェマ・アータートンが製作総指揮、主演である「エスケープ」です。女性の映画です。夫と子供の世話に明け暮れ自分の時間がなく鬱憤を溜め込んでいく主婦の鬱々物語です。
タイトルには逃避行とありますが逃避行は終盤にぶち切れて決行するんで、逃避行してパリで自分探しをやるポジティブな映画ではありません。
稼ぎの良い旦那はおうちと妻と子供が大好きです。ただ少々子供みたいな男で、古い価値観の持ち主ではあります。いいやつですがはっきり言うとうざいです。例えば妻を褒め称えようと「君は最高の母親で最高の妻だ」とか言っちゃうタイプです。妻、カチンと来ますな。
そうでなくても育児ノイローゼに近い状態です。ベタベタしてくる旦那も鬱陶しい。ああ、鬱陶しい。あー鬱陶しい。と、妻は不満でいっぱいです。
この映画を、悪意で見ているとどう見えるかというとこう見えます。
稼ぎが良くて明るくて妻にぞっこん惚れてる亭主、庭があるお家、子供たちは元気に育って申し分のない人生。でも育児ノイローゼで鬱々イライラしていて、自分探しだ?あ、あ、アートを学びたいだ?挙げ句の果てにパリで不倫して最後は自立してこの女は、否、この映画はアホの固まりかーっ。
違います。違うんです。そう見えますがそういう映画じゃないんです。もうちょっと鋭い女性映画なんですよ。でも哀しいかな、そういう部分を感じさせるだけの説得力がありません。つまりシナリオの細かいところ、カメラアングル、シーンの尺、シークエンスの取捨選択、どれもこれもが今ひとつ力不足、よって結果的にアホみたいな映画に見えるんです。端的に言って悪いのは編集です。不要シーンがだらだら続くし、繰り返しの心象風景はウザいし、かと思えば重要な出来事を綴るはずのシーンをバッサリカットして唐突に話が展開したりします。
私も最初あまりのアホみたいな話に呆れてぽかーんとしていましたが、よーく考え、好意的に想像することによりこの映画の目指しているところを感じ取れたわけであります。ストーリーからのみ見える表層的なことではなく、もっと根本的なことを示しています。
つまりこの主人公女性は確かに愚か者で、それを良かれとは描いていません。でもだから悪いとも言えません。「愚かなことは悪いことなのか」と問われて、愚かでない人間だけが「はい」と答えなさい。
僅かな時間ロンドンに出かけて古本屋で本を選ぶだけのことをあんなに楽しく感じるピュアな主人公を見て不憫を感じない人だけが不倫を罵りなさい。
愛しているけど子供から逃げたい、満ち足りているけどそうじゃない、一人になりたいことだってある、こうした女性をワガママ言いやがってと糾弾できるのはほんの一瞬の息抜きすらしたことないというロボット人間だけであって、そんな人間は存在しません。
という、きわめてナチュラルにある女性を追った感じで、その振る舞いに道徳ポリス的な視点は不要であると言ってるんですね、この映画は。その証拠に撮影や演出がリアリズム系のフランス映画みたいです。ちょっと厭らしいくらい「フランス映画ってこんな感じ?」みたいな撮り方です。上手なんですよ、上手なんですが、やっぱり編集が悪いのかなあ。いや、パリに行ってからは演出もシナリオもどうかしたんかと言うくらいグズグズになるんですが。
まあ、そんなこんなで、テーマ内に秘めたメッセージ色はしっかりあると思うんですが擁護にも限界があって、映画全体の作りがそういうことを全然伝え切れていないし、まるで逆に見えます。例えばパリで出会う気色悪い男とのシーンを、まるで本当の恋かのように思わせてしまう演出と編集です。アホかと誰しもが思います。そのアホなことそのものを肯定できるのかどうなのかという難しいところまではまず誰も踏み込まないと思います。
褒めてるのか貶しているのかわからない感想文ですが、最も大事なことは主演のジェマ・アータートンです。主演の演技はとてもいいですよ。役者としてはすでに一流です。
ジェマ・アータートンは主演だけじゃなく製作総指揮もやってます。気合い入ってるはずです。シナリオのテーマも深みバッチリです。多分。でも軽々しい映画になりました。残念ですが、まだジェマ・アータートンはみんなを指揮いて高度な表現をするには力不足であったというしかありません。
それはきっとジェマがいい人だからに違いありません。内心「ちょっとへんだなー」と思っていても、せっかくみんなが作ってくれてるんだから余計な口出しはしないでおこうと、思ったに違いありません。だって、ジェマ・アータートンだから♥ そうそう、彼女が今までとはちょっと違った役柄にチャレンジしたって意味ではこの映画はファンとして観る価値あります。
ということで、無理矢理アクロバティックに擁護すれば、この映画は辛くて間抜けな主婦の話ですがしかし主婦であることが間抜けに拍車を掛けてはならない、同じ間抜けを男がやってたら誰も目くじら立てないはずである、この映画を観て目くじらを立てることそのものが女性蔑視をあぶり出すのである、ということになりますが、ちょっと無理矢理すぎるとわかっていますのでこれ以上何かいうのはやめておきます。