脚本家が監督した映画
監督のアレックス・ガーランドは「28日後…」「わたしを離さないで」などで知られる脚本家。「エクス・マキナ」は自身の脚本を監督しました。
ほとんど情報を知らず日本で公開しているときは誰の作った何の映画かも知りませんでした。知ったときにはDVDが発売されていましたのでタイミングいいのか悪いのか、とにかく観ることが出来ました。
実を言うとポスターアートや予告編をチラ見していたときは「中二臭そうな若年向けSFCG映画かな」と薄らぼんやり思っていました。結果、とても良作でした。印象だけで思い込んではいけませんね。
イギリス映画で脚本家が自身の脚本を初監督、と言えばJ・ブレイクソンの「アリス・クリードの失踪」なんて傑作も思い出します。J・ブレイクソンも「ディセント2」の脚本家で、アレックス・ガーランドと同じく、特別名作映画ではなくホラーやSFなわけですが、その脚本がとてもよく出来ていて印象に残る作品に関わっていたのが共通しています。
さて脚本家が自身の脚本を映画化して初めて監督するわけで、当然ながら気合いが入ります。力を入れます。「エクス・マキナ」には脚本の力を最大限に生かそうとする熱意がみなぎっており、ストーリー展開はもちろん、細かな会話シーン、仕草や目の動かし方にいたるまで細心の注意で演出されています。SFでCG満載ですが実は「エクス・マキナ」は会話劇であり古典的な劇作品となっています。
エクス・マキナ
特に目新しさとか斬新さとかではなく、むしろ古典的な会話劇であることはタイトルの「エクス・マキナ」からもうかがい知ることが出来ます。
エクス・マキナというのはどういう意味でしょう。Machina と書くのでこれは Machine との繋がりと想像できます。ex は ライブコンサートのチラシでも「Ex.チルドレンクーデター」みたいに書きますね。「元」とか「に関する」みたいに使います。エクス・マキナはですから「元機械」「機械の」みたいな意味だとわかりますね。「エクス・マキナ」はAIロボットの話ですからとても素直な言葉をタイトルに選んだことがわかります。そしてそれだけでなくまだあります。
デウス・エクス・マキナという演劇技法の言葉があるそうです。ラテン語を語源にしたこの言葉、とても古くからあってギリシャ時代の演劇批評ですでに批判的に扱われていた技法でもあるそうです。
一般に「機械仕掛けの神」という言葉で表現され知られているその技法とは、突然神が舞い降りてお話をいっぺんに収束させてしまう禁じ手のことなのですって。解決できない、収集付かない、この話どうなるの、そんな状況の時、最後に突然神が出てきて「はい。全部おしまーい」ガラガラピシャってやってお芝居が終わります。そんな感じですかね。つまり、例えば夢オチとかそうですね、全部嘘でしたとか全部ただの幻覚でしたとか、あるいはドラマを放棄して「はい全員死にました」とか「そして突然惑星が追突して地球は滅んだ」とか、まああの、貧弱な例えですがそういう感じであると思われます。
昔「時計じかけのオレンジ」を読んだときにここまで知識を得ていなかった悔しさに今満ちていますが、この「機械仕掛けの神」を念頭に置いた「エクス・マキナ」のタイトルであることは間違いありませんね。
ネタバレはいけませんので慎重に書きますが、「エクス・マキナ」の脚本はエクス・マキナに関するダブルミーニングを狙った高度な技術を駆使して書かれたものであると確信できます。
この映画は機械仕掛けのロボと人間の会話のお話ですし、AIが絡んできて人間のアイデンティティの話も絡んできます。基本シンプルな衝動と愛の話でありますが収束の付け方がやっかいな話でもあります。そしてこの映画が選択した収束の技法のなかに「機械仕掛けの神」を含ませます。あるいは、現代の多くのクリエーターと同様、機械仕掛けの神を逆手にとって茶化したシーンとも言えます。映画を貫くテーマと、ストーリー運びが一体化していて隙がありません。挑戦的な脚本だとわかります。
登場人物
登場人物はとても少なく、場所は山奥の研究所内だけというシチュエーションです。つまりどっからどう見ても会話劇です。会話劇ですから心理劇の形相も帯びます。そこで重要なのが役者の仕事ですね。会話劇で役者がへたくそだったら見てられません。その点「エクス・マキナ」は素晴らしいことになりました。
アリシア・ヴィカンダー
アリシア・ヴィキャンデルですか?今はどっちが主流の書き方?まいいか。このスウェーデン出身の女優はただ綺麗なだけでなく身のこなしがとても美しく、鍛え方が並みじゃありません。目つきもそうです。顔の動かし方、歩くとき、座るとき、立ち上がるときの背筋、顔を固定して体を動かす技、こりゃすげーって思っていたら案の定、この女優はかつてバレリーナを目指していたという人でした。なるほどこの動きはバレリーナとか体を鍛え上げた人間にしかできっこないですよね。
「エクス・マキナ」そして「リリーのすべて」で高く評価され、今もっとも注目されている女優のひとりです。日本人にも好まれそうな顔立ちですね。こら。だれだ。ロボットの体のほうが胸が大きかった変だぞとか言ってるやつは。
映画の最後のほうで、楽しそうに着替えをする姿は可愛くもあり不気味でもあり、楳図先生の漫画に出てくるフリルの服を着たキラキラ少女のような、とても印象に残るシーンを焼き付けました。何の躊躇もなく、他人を気遣うことも温情もなくお洋服を選びお洋服じゃないものも選び身につけるしぐさは鬼気迫りました。今後も注目です。
ソノヤ・ミズノ
日本人の役を日本人がやっているようでした。ソノヤ・ミズノという女優さんが注目されているかもしれません。綺麗な人なので女優じゃなくモデルじゃないの?とか思いましたが女優さんのようですね。「ハートビート」(2016 マイケル・ダミアン)という映画にも出演しています。
ドーナル・グリーソン
最初は学生さんかなと思える若いお兄ちゃんに見えますが映画の中でどんどんいい顔になっていきます。この青年が主人公でAIロボと会話します。会話しているうちに「もしや自分もロボなのでは」とか電気羊のように不審に思い始めたりする面白いシーンもあります。AIロボに徐々に惹かれるこのお兄ちゃんの恋の行方は果たしてドーナル。
「トゥルー・グリッド」「わたしを離さないで」などで見ましたね。「レヴェナント」ではとてもいい役でした。
オスカー・アイザック
Google 世界最大検索エンジン会社の隠居社長を演じたオスカー・アイザックもよくお見かけします。「ダイアナの選択」にも出てましたか。どの役だっけ。「アレクサンドリア」「ドライヴ」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」「ギリシャに消えた嘘」などいろんなタイプの映画にたくさん出てます。ガテマラ出身の何の役でも出来る人。「エクス・マキナ」でも微妙な面白い役でした。すごく万能そうで傲慢で、すごく寂しそうでしたね。
火の鳥、マジカル・ガール
手塚治虫の「火の鳥」でこの社長と同じような人を描いてましたね。そうです猿田博士です。彼は天才でしたが愛を知らず、女性型ロボットを作り続けましたね。哀しいですね(…猿田博士で名前合ってたっけ?)
「エクス・マキナ」では日本人も登場するし、建物の内装も日本的なデザインを施している場所がありましたし、アレックス・ガーランドは「マジカル・ガール」のカルロス・ベルムトに近いくらい日本のことを知っているような感じも受けました。
そうなると手塚治虫も火の鳥も知っているだろうし、ネイサンという人物造形に猿田博士が影響を与えていたとしても不思議ではありません。もちろん本当はどうなのか全く知りませんし偶然かもしれません。そういえば手塚治虫はストーリーにおける「機械仕掛けの神」についてとても否定的であったといいますね。その彼も「時計仕掛けのりんご」っていう漫画書いていましたね。
そうそう。「マジカル・ガール」で思い出しましたが、AIロボのエヴァが最初にカツラを被って洋服を着るシーンありましたよね。あれが「マジカル・ガール」のアリシアちゃんにあまりにもそっくりだったので驚きました。ロボを演じている女優がアリシアって名前なのもいい偶然です。
プロデューサー
最初興味のなかった「エクス・マキナ」ですが、製作や製作総指揮の名前を見て「おっ」てなったのは事実です。クレジット欄のプロデューサーをクリックして関連作品を見てもらえれば誰しも「おっ」ってなるかと思います。スコット・ルーティンとかテッサ・ロスとか。
というわけで「エクス・マキナ」良作でした。脚本家ががんばって監督した映画はもれなくいい映画です。と、思います。