いえね、この「アナザー」、原題は「La dame dans l’auto avec des lunettes et un fusil」英語で「THE LADY IN THE CAR WITH GLASSES AND A GUN」です。かっこいいタイトルが映画を横切って大写しにされます。凝った画面配置の洒落た演出は往年のフィルム・ノワール風味で、まさにカッコ良さに満ちています。しかもそれだけじゃありません。主人公の女性がたまらなくフォトジェニックで、それにとどまらず今風のオタク男がハート魔人と化すピュア系アニメ系女子と来たもんだ。アニメ女子とフィルム・ノワールの完全融合です。うおお。
と、力入りすぎまして失礼しました。この映画、日本版のタイトルやポスターアートを見るとつまらないおやつみたいに見えますが、フランスの作家で脚本家セバスチアン・ジャプリゾの小説を原作に作られた1970年のアメリカ映画「The Lady in the Car with Glasses and a Gun」のリメイクでありました。
アナザーなんて変なタイトルやカバーアートのかっこ悪さはフランスとそして米国版のこのポスターを見て忘れましょう。
ギャング映画的フィルム・ノワール的カッコ良さの根っこには仏米往年の文学と映画の魂があったわけですね。ポスター痺れます。日本版はどうしてこんなことになってしまったんでしょう。
セバスチアン・ジャプリゾはフランスの作家で、脚本や監督もやっていた人ですね。アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンのジャン・エルマン監督「さらば友よ」では脚本も担当しました。あぁ「さらば友よ」懐かしい!そうでしたか!「ロング・エンゲージメント」もこの方の原作ですって。
基本ミステリーです。謎が謎を呼びます。で、表現技法がフレンチです。まさしくフレンチ、かっこいいフレンチ、超クール!で、そうした演出はおのずと60年代70年代ギャング映画やノワールを彷彿とさせます。オープニングいきなりのカッコ良さにゴダールみたい、と思えてしまいますよ。いやほんと。まじで。リメイク元の映画を知りませんが、今風かつ70年風味で私はまったく嫌味を感じないどころか「いいやん!これいいやん!」ってなります。
主人公ダニーのフォトジェニックなショットが続きます。足細くてきれい、スタイル抜群、謎と純真さを併せ持つ表情、「海を見たかっただけなの」とポエミーなことばと映像の合成です。
で、残業というか社長の家で夜通しの仕事を命ぜられ、はいはいとついていきます。食事の件で社長が言いますね。
「そうそう、途中で君の食事を買いに寄るよ」ピュアでオタッキー好みのダニーはにこやかに言います。「社長と奥様の分も?」社長はしれーっと言いますね。「私たちはパーティに出かけて外で食べるから」この時ダニーは傷つきます。「私、てっきり…」
ダニーは空想癖があって、社長宅に招かれて楽しく夕食できると思いわざわざ精一杯のお洒落服に着替えてわくわくしていたんです。そのお洒落な洋服も「これ?高い服だけど安く買ったの」とか嬉しそうに言います。ピュアですね。そして不憫ですね。一人ワクワクしていたことを恥じるかのように目を伏せます。同時にちょっとご立腹です。「私、てっきり…」もうかわいそうで可愛くて。どうですか世のおたくさんたち。こういう漫画じみたピュアで純粋なメガネっ娘、好きでしょう?ここには書ききれないほど魅力が詰まっていますよ。
ということで、そういう女子を主人公にします。彼女は空想癖もありますから、サイコへの伏線も淀みなしです。自分が知らない自分の行動、初めて会った人に「昨夜もあったじゃねえかよ」と言われて空想も爆裂、私、二重人格のサイコかしら。妄想力豊かなメガネっ娘はサイコな自分を受け入れ始めます。
サイコがメガネ女子です。でもメガネ取ったら超きれい。魅力炸裂。可愛くてピュアでサイコ。映像演出がノワールでゴダールでバザールでござーる。内容が殺人に関わるミステリーです。「海が見たかったの」パワフルなコラージュ映像、まとめるとそんな感じです。
さらに良いのはオチの付け方ですね。なんとまあ、こんなこと言ったらネタバレ反則ですが、極めてオーソドックスです。奇を衒ったことなんかしません。
原作が1966年ってのも見てる時は知らないから、このオーソドックスにして明快単純な謎解きシーンに、ミステリーの王道を感じてこれまたしびれます。
ということで超可愛くて妄想癖があってポエミーな可愛子ちゃんを演じたのはフレイア・メイヴァー(Freya Mavor)という女優さんです。スコットランド生まれの女優でモデルさん。やっぱりそうですか。
社長ですが、この社長役のひと(バンジャマン・ビオレ)、出てきたときは一瞬「変な顔の人来た」って思います。この人、ベニチオ・デル・トロとミスター・ビーン(またはゴーン社長)を足して割ったような風貌の個性的なお顔立ちですね。キアラ・マストロヤンニの夫ですね。
もうひとり大事な登場人物がおります。主人公の元同僚で社長夫人の役をやっていたステイシー・マーティンです。「ニンフォマニアック」の若いジョーですよ。美しくそして怖くもある役でした。あっ。ニンフォマニアックの感想書いてないや。
ということで、この映画ね、私はすごく気に入りました。70年のオリジナルにも興味ありますがリメイクのこれ気に入ったのでもう良しとします。でもオリジナル好きのひとはどんなのかぜひ教えてください。
もしかしたら我々世代が若い頃からパロってギャグにしている妄想女の「海が見たかったの」っていうあれ、あれの原典ってこれなのかもしれないなとちょっと思いました。
まだしつこくタイトルについて書きますが「La dame dans l’auto avec des lunettes et un fusil」が「アナザー」になるのは堪忍してほしいですよね。
でも、ではどんな邦題だったらカッコいいんでしょう。
フランス語は難しいので英語の THE LADY IN THE CAR WITH GLASSES AND A GUN をベースに、どんな日本語が邦題にふさわしいのか考えていたらこれが意外と難しくて、上手い言葉が浮かびません。
1970年の「The Lady in the Car with Glasses and a Gun」の邦題は「殺意の週末」でした。タイトルの響きは悪くないですが、オリジナルに沿って考え直したいですね。
原作小説は「新車の中の女」だそうです。銃と眼鏡が抜けています。The Lady in the Car with Glasses and a Gun のカッコ良さに今一歩届きません。
「眼鏡と銃の女」では車が抜けますね。「眼鏡と銃の車の中の女」では「の」が不細工です。「車の中の女」が難しさのポイントですね。Lady in the car ですから「車に乗る」という日本語が当てはまりますが「銃と眼鏡で車に乗る女」なんて説明的でアホみたいでこれも却下。「銃と眼鏡と車と女」は「と」ばっかりでしかも酒と泪と男と女みたいでこれもイケてません。「銃と車のメガネっ娘」ではカッコ悪いだけだし。こりゃこまったな。
・・・なにをひとりで困ってるんだろう。