トム・マッカーシー監督の前作「靴職人と魔法のミシン」を観て感想文を書いていたら新作の「スポットライト」ってのがあると知りました。それからしばらく後、アカデミー賞の作品賞と脚本賞を受賞したと知り、なんとおめでたい、ついにこの監督の持ち味が大きく評価されるときが来たかと感無量になっていたちょうどそのタイミングに、お友達でジュリエット・ビノシュに似た美貌と才能に溢れたZさんという方がそれとなく「私が以前仕事でお会いしたジャーナリストさんをモデルにした映画が出来たみたい。観てみたいな」てなことをおっしゃっていたので「それトム・マッカーシー監督の作品でんがなまんがな」とあたふたして、それで、これは是が非でも観なければと、観ました。
「扉をたたく人」にも「靴職人と魔法のミシン」にも、そしてこの「スポットライト」にもトム・マッカーシー監督ならではの持ち味が密やかに、けれどたっぷりと含まれます。私が感じているその持ち味とは、その1、弱者への優しさ、その2、職業人への尊敬、その3、礼儀正しく知的な登場人物です。
「スポットライト」は新聞記者のお話です。これは実話で、教会のスキャンダルをスクープ記事にした「スポットライト」欄を担当するチームに焦点を当てています。
普通のドラマ、というと変ですが普通のドラマなんですよ。映画的に凄く個性的な演出とか、何かが突出したユニークさとか、そういうのがあるわけでなく、まっとうな普通のドラマです。ですので普通に観てると誰の監督とか脚本とかそういうことは感じないと思います。でもやっぱりあるんです、さっき書いたようなトム・マッカーシーならではの部分が。
一般的な見地で「スポットライト」の特徴を書きますと次のようになります。
まず、記者たちの仕事の話であり職業映画です。MovieBoo的に言うと「はたらくおじさん〜スクープ記者チーム編」です。もちろんおじさんだけじゃなくおねえさんもいます。
記者の仕事は一にも二にも取材と裏取りです。地道に人に会って話を聞き、資料を漁ります。話を聞き資料を漁る、これこそが本作の中心です。ここに大袈裟なドラマや嘘くさい演出はほとんどありません。娯楽映画的な盛り上がりやちょっとした大袈裟なシーンはありますが、そこに嫌味や馬鹿らしさはほとんど感じません。とても丁寧に職業人の仕事を撮っています。
そうですね、この手の映画、つまり権威ある組織が悪巧みをしていてそれを暴く記者たちというお話、これを映画にするとき米大手娯楽産業ならどうやるでしょう。わかりきってますね。善と悪の戦いに持ち込みます。記者たちに圧力がかかります。時に夜道で狙われます。悪の大ボスは不適な笑いを浮かべます。主人公のうち男前と美女がいちゃついたりします。物わかりの悪い上司がいて主人公たちがこれと対峙します。最後はちょっとしたドキドキカーアクションがあったりして、無事に記事が出て街の人もわーっと歓声・・・・。
書いていて虫唾が走りはじめていますがこのようなポイントを入れ込みたくなるあるいはこのようなポイントを観客が期待すると想像できますね。「スポットライト」ではこのようなものは一切ありません。一切ありませんよ。あぁよかった。
わざわざ架空の変な作品を想像してそれと比較するなどという遊びはともかくとして、「スポットライト」に含まれるお気に入りポイントをいくつか書いて感想としたいと思います。
その1 弱者への優しさ
弱者や底辺層への優しさと細やかさに満ちています。底辺層というとき、単に底辺層ではなく移民や異人種が含まれます。この映画では犯罪被害者たち、それに加えてある記者とある弁護士ですね、それから新任上司もです。上司は弱者じゃありませんが、人種的にはその括りだし、街や会社にとってのよそ者という意味で同じです。こうした登場人物たちの人となりの描き方にトム・マッカーシー監督の優しさと細やかさが滲み出ています。
もう少し範囲を広げると、そもそも記者たちみんなこの括りです。一所懸命仕事して家族と幸せに過ごすことを放棄した変な人たちです。弱者と最初に書きましたが正確には一般人と言っていいと思います。一般人というのはこれはもう今や一般的に弱者ですからね。ほんと、今の世の中、一般人というのは弱者なんです。はい。
で、そういうわけでこの一般人または弱者への優しさを込めまくった演出や脚本、立脚点やストーリーそのもの、これこそが「スポットライト」の最重要なポイントと私は思っています。
その2 職業人への尊敬
記者たちです。この映画のメインは記者たちの仕事っぷりです。とても丁寧に記者の仕事を描きます。新任上司もとてもよろしいです。最初は「新任はコストカッターかもよ」などと怯える記者たちですが、なんとこの上司の鶴の一声で教会の事件を洗い直すことになります。素晴らしい上司なのですよ。
映画の中で記者たちの仕事っぷりを見て「まるで『はたらくおじさん』やがな」と思った最初の作品かもしれない「消されたヘッドライン」という映画がありました。あれはサスペンス映画なのに記者の仕事っぷりを丁寧に描いていました。「スポットライト」はサスペンスではなく主題そのものが記者たちの仕事ですから、働く人映画としてずば抜けています。
素敵なレイチェル・マクアダムスは「消されたヘッドライン」と「スポットライト」の両方に出演しています。働く記者の役がぴったりなのでしょう。
その3、礼儀正しく知的な登場人物
トム・マッカーシー監督の脚本って、地味に知的で礼儀正しい人たちの会話が特徴的だと思ってるんです。徹底リアリズムの描き方でもなく過多に感情的でもなく、物語の進行を丁寧に推し進める会話劇です。これが見ていてたいそう気持ちよいです。
この映画には正義のヒーローもいないし、正義と悪の戦いでもありません。悪の手先みたいのもいません。いそうに見えてもいませんね。
それぞれの職業人が職業の範囲内できちっとやっています。やれていなかったことも含めてやっています。
その進行を誘導する知的な会話シーンです。
そのほか、ちらほら感想など
教会側のある人を登場させたのがとても衝撃的でした。犯罪加害者でさえも弱者の視点で描いてるんですね。これはとても考えさせられる良いシーンを加えたものだと思いました。
この映画は比較的地味で普通っぽい映画ですが、犯罪加害者を登場させたこのシーンの脚本は実に見事で特徴的、個性的で突出していると絶賛です。どのシーンのことか、ご覧になればおわかりですね。
被害者への取材シーンも力はいってましたね。泣けましたね。
それからもうね、ミッチがいいですね。ミッチ最高でした。
移民系の二人がダイナーにいるシーンが素晴らしい。ポルトガルとアルメニアのふたりです。塩も振ります。細やかです。実に細やかなシーンでした。そんでもって、いつのまにか「ミッチ」と呼んでるあたりとか、笑いました。
元タクシー運転手だと言うところ。ここもいいです。元タク運とか、あまり重要じゃないことをわざわざ示すんですね。
もうひとつ、休日は家で小説を書いてたよって言うところ。「どんな小説?」と聞かれて答えますね。この答えも最高で。
こういう細かいところが人物を表現できていて、とても重要なのですね。
そういえば、リチャード・ジェンキンスが声の出演をしているらしいです。声の出演と言えば電話のあの人ですね。あの声、リチャード・ジェンキンスだそうです。クレジットにも載っていないそうです。載っていないのにどうして人はそれを知っているんでしょう。不思議です。
「スポットライト」はアカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞しました。これはアカデミー会員、いい選択しました。作品賞と脚本賞。まさにぴったり。脚本の、一見地味ですが奥深く丁寧な仕事っぷりを堪能してください。
インディペンデンス・スピリット賞では作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、ロバート・アルトマン賞を受賞。
どの作品もとても気に入っているトム・マッカーシー監督「スポットライト」でした。
今回は珍しく事件そのものに触れない感想でした。触れ始めたらまた政治的発言が頻出して攻撃的になってしまいそうですので避けました。細やかで丁寧な映画の感想にふさわしくないなと思ったのもあります。