実は月面着陸なんぞ成功しておらず、あれはスタジオで撮った偽物で撮ったのはスタンリー・キューブリックである、てな都市伝説がありまして、この月面着陸捏造説は思えば「カプリコン1」が大ヒットした後に急増したような記憶もあります。
世の中には映画と現実の区別がつかない困った人がたまにいて「カプリコン1」や「未知との遭遇」や果ては「ET」や「ゼイリヴ」にいたるまで、事実もしくは何らかの陰謀により事実を暗喩しているのだと信じ込んだりします。そんな人の出鱈目に尾ひれがつき噂となりいつしか都市伝説にまでなるのでしょうか。
「ムーン・ウォーカーズ」はこの月面着陸捏造説を茶化したようなアイデアのコメディですが、ただ茶化しただけのワンアイデアものではなくて、たっぷり面白いんです。どういうところが面白いか。こういうところです。
ひとつは映画や映画撮影にまつわる話だからです。映画作りの映画が好きなんです。
冒頭アニメを見ても判るとおり、この映画肝心のところがドラッグムービーです。これにはほんと驚いた。かなりハイセンスだとわかります。
それから良い映画の条件、細部の描写が優れているタイプです。
コメディにバイオレンス要素が加わっているのですが、このバイオレンス部分が尺は短いがぴりりと効いて演出も優れています。
強面PTSDのCIA諜報員とルーザープロデューサーのデコボココンビ感っていうのが良くて、キャスティング素晴らしいです。主人公二人、それに周りの人々も嫌味なく個性的、たいそう魅力的です。
と、このように面白ポイントがたくさんあります。
ストーリーはこうです。
月面着陸の偽物を作る極秘任務を命じられたベトナムのPTSDを抱え込んでいるCIA諜報員がルーザープロデューサーと組んで撮影します。
では一つずつ見ていきましょう。
映画を撮る映画
映画を撮る映画が好きなんです。好みの問題ですが。「ムーン・ウォーカーズ」では意外なことに大きなスタジオもあってスタッフも大勢いて、わりと本格的に映画を撮影しますね。大がかりなスタジオ撮影に挑むシーンはほんのちょっぴりですがここは真面目に盛り上がります。ほんのちょっぴりというところが気が利いています。イライラとセットであるところも効いています。
ドラッグ
冒頭アニメは60年代サイケデリックドラッグアニメです。このオープニングとてもいいです。で、本編始まってしばらくして怪しい監督が出てくるあたりからサイケ色が強まります。もうね、この映画は中心にあるのがサイケドラッグヒッピームービーです。映画撮影の時間が迫っているのにまったく話が進まず観ているこちらをイラつかせながらも大事な展開の大事な部分でしっかりとラリリを描きます。これは最高ですよ。
ハリー・ポッターが出演してるってんで、へんな映画だと予想もしない善良なお客さんがたくさん観たそうですが案の定「退屈なシーンが長かった」というようなピュアな感想も散見されます。その退屈なシーンこそこの映画のキモ。めちゃおもろいんです。
細部に命が宿っている
細かい部分に細かく凝った映画を好み評価する自分の癖をようやく自覚してきました。ほんのわずかな仕草やセリフがツボに入ります。細かい変な部分でキャラクターを表現し映画を締めますね。これがあるとないで映画全体の評価が大きく変わるんです。
細部の懲りようはコメディですから面白い方向です。しかも気づかないような部分というより、一瞬ですが大抵は気づきますし目立ちます。別にマニアックな話でもありません。もしこの映画の細かいギャグに気づかないとか肌に合わないならこの映画そのものが合わないということでしょう。私には合いました。
コメディ・バイオレンス・ゴア
コメディとバイオレンスの融合であります。ロン・パールマンが担っている暴力シーンは強烈だし、三つ巴のドタバタでは若干のゴアシーンも炸裂。やっぱりそう来るか、と期待を裏切りませんし、ヒャッホーヒャッホーと盛り上がります。バイオレンスシーンの演出がすごく上手くてカッコいいんですよ。だらだらしたサイケドラッグコメディの中で短いながら映画をびしっと締めるバイオレンスシーンです。
そういえばバイオレンスシーンのひとつで「時計仕掛けのオレンジ」がBGMにかかったりしますね。キューブリックネタは最小限に抑えていて、そのあたりにくどさがないのも好感持ちます。
キャスティング
CIA諜報部員キッドマンをロン・パールマンが、駄目プロデューサージョニーをルパート・グリントが演じます。有名俳優二人に出演して貰えてアントワーヌ・バルドー=ジャケ監督はさぞ嬉しかったことと思います。
ロン・パールマンは「ロスト・チルドレン」でお見かけして以来、映画に登場するたびに必ず「おっ」って思ってしまう、そういう俳優です。姿を見るだけで誰もが「この男に逆らってはいけない」と思わせるCIA諜報員役にぴったり。しかもベトナムのPSTDに取り憑かれていたり、花柄フリルの服を着させられたり、肝心なところでラリったりと、今作ではかなりコミカル。でも実際はこうしたコミカル系の役はあまり好きでない人なのではないかと思ってます。竹内力とは違うというか。だからこそ余計面白さが際立ちます。
ルパート・グリントは「ハリー・ポッター」三人組の中で一際個性的で、ひとりで面白かったですよね。ただそこにいるだけでもいい感じを醸し出すその雰囲気は大人になっても健在。駄目プロデューサーにぴったり。この彼、いいですよね、とぼけたイギリス顔で味わいあります。
他の登場人物はキューブリックのフリして「監督・・?」ととぼける俳優レオン(ロバート・シーアン)とか、「跳ねる」の映画監督デレク・ケイ(スティーヴン・キャンベル・ムーア)とか、登場するなり「天使・・・」とつぶやく変な女(エリカ・サント)とか、バンドのボーカリストとか、妙なヒッピーたちが何だかほんとにみんな面白すぎます。
監督
アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督は「ムーン・ウォーカーズ」が長編映画デビュー作。短編の経歴も一本しかありません。でも実はビデオクリップや多くCMを撮ってきたベテランだそうで、なるほど、テンポの計算高さやメリハリ、細部の懲りようなどはそっちで鍛え上げられた感覚なのかもしれません。
このアントワーヌ・バルドー=ジャケ監督が自身のアイデアをミシェル・ゴンドリー監督のプロデューサーでもあるジョルジュ・ベルマンに見せて気に入られたことから「ムーン・ウォーカーズ」の企画が始まったそうです。
ということで映画的にどうのこうのはいいとして、気軽に観れてたいそう面白い「はたらくおじさん〜捏造映画作り編」、ブラックコメディとバイオレンスとヒッピーとサイケとドラッグ、細かな人の動きや「跳ねる」でむふむふ笑う味わい深い「ムーン・ウォーカーズ」でした。私はこれかなり好き。というか最高。