日本でも話題を集めたらしいトム・ロブ・スミス著「チャイルド44」の映画化で、長い原作からの取捨選択をがんばっていたり、プロデュースにリドリー・スコットの名があったり、トム・ハーディが見事だったり、ノオミ・ラパスがちょうどいい役をやっていたり、わりと面白いミステリーでスリラーで愛も入っている良作です。
ただし、スターリン政権下のソ連のお話でして、ソ連の人のお話です。これをアメリカ人(やフランス人やスウェーデン人など)が演じていて、しかも全員英語を喋っているという、その妙な世界感がどうしても少し違和感あります。この違和感をぐっと堪えることが愉しむための最初のチャレンジとなります。
また、どうしてもソ連というか全体主義社会に対する無反省な偏見というものも感じます。この作品は特別政治的な意味を持つものではありませんが、このような社会であるからこその事件と顛末でありまして、当時のソ連という設定がどうしても必要であります。必要であるからこその「現代アメリカとはまったく無関係な、アメリカでは考えられないような別世界的な非常に劣っていた政治体制で」という前提を共有しているからこその映画作品となっていまして、これが引っかかると言えば引っかかります。
でもまあ、お話はほんとに政治的メッセージや思想信条の発露などありませんから、そんなこと気にする必要もありません。多少映画に乗るのに努力を必要とする程度です。
外人がウクライナ人になりきって英語を喋ってドラマを演じていても気にならなくなる程度に上手く乗ることができればですね、そうするとこの「チャイルド44」はですね、とても面白い映画となっております。
何がいいって、主人公を演じるトム・ハーディに尽きると言ってもいいんじゃないかと思います。最初の登場時から、何だか怪しいし怖いし油断ならない奴に見えるんですよ、それがとてもよい効果を生んでいます。観客が信頼しきってしまうような主人公主人公したタイプだったら全然だめなんですよね。ストーリー的にも、悪かったり酷かったりするこの役割がとても重要です。「チャイルド44」を見て、トム・ハーディの力に圧倒されました。
ノオミ・ラパスもよい役柄です。かねてより彼女には疲れたりやつれたり苦しんだりする姿が合っていると言ってきましたが本作はまさに填まり役。この映画はキャスティングディレクターいい仕事しました。
部分部分には「このシーンとてもいい!」と唸らせる出来映えの良いディティールもあります。ミステリーなのでどういうところかは内緒。でもそれはいくつもあります。
ストーリーは基本スリラーでミステリーです。子供が殺されます。それが軍と関係しているのか、みたいな政治の話と重なり合いまして、原作はさぞかしいろいろ詰まってるんでしょうねえ。多分、原作をすべてなぞらえず、取捨選択してポイントポイントを映画化したと思うんですが、ぐいぐい見せますしとてもよく出来てます。
原作知らずなので映画が省略したであろう顛末について、こちらの想像力が膨らみます。そうですね、特にミステリの犯人についてです。映画ではミステリーの部分を比較的あっさり描きます。原作ではもっと掘り下げているように想像出来ますが知りません。ま、とにかく犯人と主人公の関係とか、いろんなところで想像を刺激してくれます。冒頭からのあれこれを思いだし、生い立ちを想像し、関連する事柄を連想すると背筋が凍ります。反芻することで映画を見終わってからも存分に楽しめる作りです。
長大な原作があったりすると映画化は難しくなります。特にミステリー系で顕著かもしれません。筋を追っかけただけのカタログ的なものになってしまったり、省略しすぎて長い予告編みたいになってしまったり、説明しすぎて原作の良さを殺してしまったり、またあるいは原作の良さを意識しすぎていい映画なのに原作に届くことなく地味に役割を終えてしまったりと、とても難しい問題と直面せねばなりません。
「チャイルド44」はどうなのでしょう。原作知りませんが、映画は深みを伴うよい出来だと私は感じましたので、上手くいったのだろうと思っています。
これを書いとかないとフェアじゃないので書きますが、最後の最後、ラストについては大いに文句があります。
あのな。そんな手軽に済ましてもらっちゃ困るんですよ。あれだけは私はちょっと気に入りません。どれのことか書かなくてごめん。子供たちのことですよ。あれはもうちょっと何とかならんかったのかとぷんぷんしてます。
最近ちょっと珍しいシリアスなサスペンスミステリー、ぐっとくる深みと余韻を堪能できるドラマをご所望のあなたにおすすめ。但しラストを許せて英語を喋るソ連人を受け入れてくださる方のみね。