2016年あけましておめでとうございます。
先ほど新年になりましたので近所に初詣、帰ってきてもう一本何か観ましょうということで、あえてちょっと前に仕入れていたこれを観ます。
主人公がトビー・ジョーンズです。
トビー・ジョーンズはいろんな映画に多数出演していまして、個性的な出で立ちとお顔立ちで多くの人に知られています。最近の記事では「バージニア その町の秘密」での役がとても良かったですね。そのトビー・ジョーンズが主役です。主人公をやるのってめずらしくないですか?
「バーバリアン」では映画のサウンドエンジニアつまり音響技師の役です。イギリス人ですがイタリアに呼ばれる孤独な男を演じます。
この映画、ファンタジー映画のシッチェス映画際に出品され、ホラー映画のくくりで紹介されがちですが単純なホラー映画ではありません。
イントロダクションに「彼の中に潜む残虐性が目を覚ます…」という記述を見かけますが間違いで、そういう内容でもありません。
ではどういう内容か。これがわりと複雑怪奇。いえ、筋は単純なのですが説明が難しいタイプなのですね。サイコホラーの技法で撮られているのは間違いないんですが内容は・・・やはりサイコ系ですというしかないのかなあ。
設定やストーリーはこうです。
サウンドエンジニアのギルデロイ(トビー・ジョーンズ)はイギリス人です。その彼がイタリアの仕事に呼ばれたか応募したか、何しろイタリアの撮影スタジオの仕事をしにやってきます。
ギルデロイはイタリア語が話せません。
イタリアのスタジオではホラー映画の音響をつける仕事です。ギルデロイはホラー映画は未体験です。ホラーをあまり快く思っていません。
イタリアのスタジオの面々は、イタリア人らしいというかラテン気質というか、いい加減です。例えば飛行機代を精算してほしいんですが取り合ってくれません。
なーなーで仕事をしている他のスタッフの中でギルデロイは浮いています。ちょっと小馬鹿にされたりもします。仕事のやりかたも自分とは全然違っていて打ち込めません。
監督やプロデューサーの態度に不信感もあります。
撮っているホラー映画にアフレコや音響効果を付ける仕事のシーンが随時挟まれます。
音だけが登場して、映像は映りません。
撮っているホラー映画のシーンごとの説明は時々入ります。全体はつかめません。ギルデロイも、観ているこちらもです。
という、そういった設定と内容です。このことを、たっぷり時間をかけてじわりじわりと描きます。ストーリーの進行はイラつくくらいありません。いつまでも飛行機代の精算はしてもらえないし、いつまでも映画は完成しません。
イライラ、孤独、疎外感が特徴です。
このイライラ、これがまず「バーバリアン」の特徴です。イライラと、ギルデロイの孤独感・疎外感です。暗く、じめじめした映画と言ってもいいかもしれません。
派手なホラー映画ではありません。ホラー映画ですらないと思います。ですが、これ、ほんとに怖いです。だからホラーであると言ってもいいです。
妙な怖い雰囲気に包まれています。
怖さについてですけど、何と言っても一番大事なのは全体を包む印象であると思っています。話が怖いとかお化けが怖いといったものにくらべて、映画を包む空気全体の作りですね、これが怖いものが本当に怖いです。
懐古趣味で言うならば、昔の映画にはそれがあったと思います。「午後の網目」とか「サイコロ城の秘密」「アンダルシアの犬」や「ハエ男の恐怖」「吸血鬼ノスフェラトゥ」なんか、雰囲気そのものが主人公みたいなところもあります。
近年ではダリオ・アルジェントの「サスペリア2」なんかが代表的ですね、代表的というか「バーバリアン」について何か書くとき、もう頭の中は「サスペリア2」で一杯になります。内容は全然違いますが雰囲気や存在そのものが似ています。
もうね、空気そのものが怖いんですね。登場人物が変だったり、環境が変だったり、描かれている世界そのものが変だったりするということです。
これがなぜどのような効果で怖いのかというと、悪夢です。リアリズムから距離がある異世界感と言いますか、そういうのは悪夢にとても似ています。
もうひとつ、音響すごいです。不愉快で怖くて、さすがタイトルに「Sound Studio」と銘打つだけあって、音響のこだわりすごいんでこれこそ劇場の大きなスピーカーで堪能したかったと地団駄です。
映画内でホラー映画を作っています。
「バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所」で個人的にツボなのは何と言っても作ってる途中の映画内映画です。いつまでも完成しない決して映らないホラー映画です。おっと、これは「女優霊」の時と同じことを書きそうですよ。
この未完成で決して映らないホラー映画は、未完成で映らないからこそ怖いんです。これも悪夢と同じです。撮影所、撮影スタジオっていうのもツボです。これも「女優霊」で確かぐだぐだ書いたような。
個人的なツボはもうひとつあります。外国語の輪の中でどうしてよいやらわからない職場の孤独感ですね。私もDの仕事でアメリカ人に囲まれ片言以前の言語能力に劣等感感じまくりながらやりとりしたことありまして、楽しいけど辛いところもあります。あるいは昔地元にやってきた不良フランス人たちの集会に頼まれて出向いたときフランス語で小馬鹿にされて危うく国際問題になりかけたことも思い出します。そんなわけで外国語の疎外感についてたまらなく辛い感じが伝わります。腹が立ったり、孤独だったり、疎外感を感じたり、トビー・ジョーンズほんと上手く演じました。ビシビシ伝わります。
スタジオの他のスタッフの変さも絶妙です。決して不気味なわけじゃなく、時にコミカルだったりするんですが、それでも何か空恐ろしく感じるんですよね。スタジオ内のセットも含めて、異世界感に満ちています。
70年代です。
もうひとつ、外してはならない特徴があります。この映画は1970年代が舞台と思うんですが、そのころの古い機材です。頻繁にアップで映る音響機器のダイヤルやメーター、このあたりに凄くこだわりありますね。かなり見応えありますよ。わざわざ作ったのではないかとしか思えない奇怪な機械も登場します。これらはすでに美術作品の域ですよ。
そうなんです、それだけじゃなく、恐怖や異世界感と共に映画を包むアート臭が突出してるんです。アート臭などと書くのも何ですが、これアート系の映画じゃないの?と普通にそう思えます。懐かしさを伴う芸術の香りが漂います。何でしょう。この感覚、これ何でしょう。
そんなわけで、どう説明して良いのやら、この「バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所」長いな。この映画は深いレベルで個人的にずんずん迫り来る作品でした。
見終えたときにはちょっとしたショック状態。だって、ただの若手監督のホラーかと思って見始めたんですから。あまりの高度な出来映えに驚きましたし、大いに余韻を残しまして、元旦未明から何という凄いものを見てしまったんだと、映画部は静かな熱狂につつまれました。
ピーター・ストリックランド監督
監督のピーター・ストリックランドはただ者じゃありませんね。あなた誰ですか。日本では他の作品が紹介されていないので謎な人ですが、長編映画は4作品ほどが現時点で確認できます。ビョークのライブドキュメンタリーなんかも撮ってますね。他の作品観てみたいです。配給会社様、ぜひとも仕入れてください。
さて、そろそろ答えのひとつを書きます。
映画を見終わって、この感想文書くのにあれこれ調べものをしていると驚くことがわかりました。映画のエンドクレジットをたらたら眺めていたときは全く気づかなかったし知らなかったんですが。
この映画、製作にキース・グリフィスという人の名があります。誰ですか。聞いたことがあるような。
キース・グリフィスという人は、1960年代からヤン・シュワンクマイエルの作品を多くプロデュースしてきた人でした。それから、ブラザーズ・クエイの作品もです。「ストリート・オブ・クロコダイル」もそうですし、「ピアノチューナー・オブ・アースクエイク」も製作していました。
もうひとり関連の人がいました。撮影のニック・ノウランドです。この方「ピアノチューナー・オブ・アースクエイク」の撮影担当です。
おお。なんたるちあ。そういうことか。
つまりね、「バーバリアン」は、そういう映画だったっててことです。
見終えたときの衝撃や恐怖やずっしり感や芸術的興奮に包まれる静かな熱狂、あって当たり前でした。見終えてびっくり調べて合点、大好物だったのもうなずけます。まさかここでヤン・シュワンクマイエルやブラザーズ・クエイの名に触れるとは思ってもいませんでした。
優れたアート。
いろいろ検索していたら、やはりアートワークに関して並々ならぬものが出てまいります。その一つがポスターです。日本版の「バーバリアン」のポスターデザインもちょっと変わっていますが美術的にはたいしたことありません。で、検索してたら出るわ出るわ、見事なポスターアートワークの数々。例えばIMDbにも貼られているこれとか(勝手にスクリーンショット撮ってここに貼り付けてますがいいのかな・・・・駄目だったら教えてください)
さらに、本国版のDVDやサウンドトラックCDのカバーアートなんかは70年代風でこちらもほれぼれします。
このページ、Movie Poster of the Week: “Berberian Sound Studio” これデザイン、アートワークに関する記事ですか。翻訳機にかけてもいまいちよくわからなかった。けど載ってるアートワークは素晴らしいです。
“Berberian Sound Studio art work” で検索したらこんな結果に。いいですね。
で、ギルデロイはどうなのか。
長くなったのでここまで読んでる人はいないと思いますが、話をストーリーに戻しまして、結局ギルデロイはどうなのか、という、そういう話もほんとはちょっとしたいんです。だからネタバレ用の次のページをさらに付け加えます。