ポルトガルっていう国は日本とも歴史的に馴染み深くて特別な思いを持ちますね。持ちませんか。持ちます。
まあ何せ昔は凄いですよね。全然詳しく知りませんがローマ帝国が滅んだあとのイベリア半島のハチャメチャの勢力図の頃からポルトガル王国の誕生から海外進出ですね、日本にもやってきてポルトガルの物や言葉をたくさん残しました。南蛮文化っていって、この頃のこれ、仕事上でもあれこれやったこともあって、興味ある事柄です。
現在のポルトガルはスペインの横にくっついてるみたいな地図です。現代のポルトガルの映画や文化にもそれほどは馴染みなくて、どんな感じなのかよく知りません。植民地を一気に失って以降は経済的に強くはなさそうですが、圧倒的な歴史と美しい国土があります。我が家の2階のコルク床はポルトガル産なのでお世話になってます。
つまりポルトガルのことは全然知らないわけです。でもギマランイス歴史地区のオムニバス映画が出来ました。誰が何故企画したのでしょう。
ギマランイスの歴史的建造物は紀元1000年未満のお城から14世紀、15世紀の教会まで、ずっしりどっしり残されていまして、世界文化遺産に登録されています。観光の名所ともなっているようですね。地理的にはポルトガルの北部ですね。上の方です。
このギマランイス歴史地区を題材に4人の巨匠監督が短編を作りました。それぞれがとても良いし、オムニバス全体を見渡したときの構成も優れてます。監督のメンツを見て大いにわくわくして公開していたときは「やったー、やったー」と大はしゃぎでした。でも見に行く前に公開が終わってしまい泣いていました。でもDVDで売ってくれてるので機嫌直りました。なんだこの小学生みたいな。
では一本ずつ見ていきましょう。
バーテンダー
出演:イルッカ・コイヴラ
アキ・カウリスマキの短編です。やったーやったー。
この監督は時々オムニバス映画に短編を提供していますが、その特徴は「どれに参加してもやっぱりアキ・カウリスマキ作品」に尽きますか。
この「バーテンダー」もまさにそうです。ロケーションは多分ポルトガルのこの地区だろうと思いますが、お話はちょっと裏通りにある客があまり来ない小さな店の店主の地味な行動です。料理を仕込んだり丁寧にテーブルをセッティングする姿に惚れ惚れします。でもあまり客来ないし、人気店にスパイ活動しに行ったりします。もう、細部に命が吹き込まれまくっていまして、映像はシャープで構図は心を表し寡黙な主人公には人間の感情全てが紛れ込んでいます。
店主を演じているのは「街のあかり」に出ていたあの人です。こっちの地味な店主役もとてもよいですね。
スウィート・エクソシスト
出演:ヴェントゥーラ
ペドロ・コスタ監督はリスボン生まれのポルトガルの監督、日本にも1989年以降の作品がいくつも紹介されています。私すべて未見ですが、とても個性的な演出の映画ではないかと思われます。この短編「スウィート・エクソシスト」も相当に個性的で重層的な作品でした。これは驚いた。70年代のいわゆるカーネーション革命における戦時の記憶というようなテーマみたいに思えます。ヴェントゥーラがエレベーターの中で兵士と語ります。会話の内容もすごいし映像的にもすごいす。この、夢か記憶か認知症か精神障害の脳内具現化か批判か後悔かポジかネガか洒落か饒舌か詩か、まあ個性的、これはちょっと凄いインパクトでした。
ヴェントゥーラの役で登場するヴェントゥーラは本当のヴェントゥーラでペドロ・コスタ監督作品ですでにお馴染みの方なのだとか。このヴェントゥーラという人、この人も怪人物ですねえ。いや、この一篇はマジぐぐぐぐーっと、こう、何かからだが変な方向に固定されてしまうような威力がありました。
割れたガラス
出演:工場で働いたひとたち
出ましたビクトル・エリセです。この方、10年に1度とか言われていましたが今では10年に1度も作品ないです。短編ならあります。オムニバス映画に何度か提供されてますね。どれもこれも素晴らしい映像で、最早語ることなど何もありません。
「割れたガラス」は珍しい作風です。ドキュメンタリー的です。いや、ドキュメンタリーなのですが、ドキュメンタリーであるドラマと言いたくなるような、そんな作品です。
歴史ある紡績工場です。長い歴史に幕を閉じ、現在は閉鎖されています。建物は残され、ガラスが割れたままの状態です。
資本主義の盛衰をそのまま具現化したような象徴的な工場跡、ここで「映画を撮るためのカメラテスト」と、そういう感じでかつての従業員たちひとりひとりを呼び、話を聞きます。
かつて工場で働いてきた人たち、現在はちょっと歳取ってます。この人たちがカメラの前に座り、思い出を語ります。
ビクトル・エリセが総括する産業革命以降の文明と資本主義、人間と労働についての驚異的な洞察がこの短編にあります。
これにはやられました。胸に迫ります。ひとりひとりの人生の面白さや個性をまずたっぷりと堪能できて「人って面白い」と、人間の存在についてまず心が動かされます。それから、労働とはどういうことなのかと思いが進行します。労働は喜びではあるが、その喜びは資本家が奴隷にもたらした詐欺的洗脳に他ならないということにも気づきます。でもそれにしても「仕事があるだけマシだ」という発想はどういうことかと、複雑です。さらに、この大きな紡績工場を見ているといろいろと考えが巡ります。
そもそも会社や工場つまり企業とは何なのかということです。かつて昔、その規模を誇る時代には、いかにたくさんの人を雇っているかがステイタスになり得たこともあったわけです。
そうです。企業が何のためにあるのか、その根本は「人を雇うためにある」です。これが法人格の企業責任で目標で目的です。もちろん現在この考えは崩壊しています。奴隷の側が企業や資本家に媚びへつらうご時世です。企業の目的が「金儲けと株主への利益が第一義」と本気で思っている守銭奴や服従主義者が世界を掌握してしまいました。これが資本主義であるとするなら、一刻も早く資本主義は崩壊し、ガラスの工場と化したほうがよいと思います。
「割れたガラス」ではひとしきりインタビューを終えたあと、一枚の大きな写真を舐め回します。この写真が象徴するもの、この写真から各人が感じ取るものとはなんでしょうか。私はこのじっとり写真を舐め回すシーンで感極まりヤバいことになりかけたのですよ。まじで。映像としても強いし、何かこれは相当こみあげるものがあります。
「ポルトガル」にビクトル・エリセのこの短編が入っていることは奇跡のひとつです。
征服者、征服さる
出演:リカルド・トレパ
「征服者、征服さる」とはまた大仰なタイトルの作品が最後に来たものです。
最初のアキ・カウリスマキのはいつも通りとして、次のヴェントゥーラ、次の割れたガラス工場と、かなりの深淵にずびずび嵌まってしまったその後のこれですから、ちょっと魂的にはもう疲れてしまっていることもあって、またどれほどの深みに嵌まらせるつもりなのだろうとちょっと覚悟します。
征服者というのはどうやらポルトガル王国を築いた最初の王のことのようです。イベリア半島の歴史をざっと見ても判るとおり、血で血を争う侵略の歴史です。ポルトガルは一時期世界に侵攻し植民地を作り帝国と見紛うような状態もあり、衰退し小国となり経済的にもやや弱い状態ありと、長い歴史の中でまさに盛衰を極めた国です。その国をテーマにしたオムニバス映画の最後が「征服者、征服される」ですから、こちらとしてもやや身構えてしまいますよね。
で、ですね。
これネタバレはしたくありませんので言いたくないのですが、この短編、これなんですか。何ですかこれ。
これはやられました。裏をかかれました。
全ての短編を見終わったとき、こんな晴れやかで楽しい気分になるなんて誰が予想できたでしょう。これは素晴らしいオチ。これはずっこけました。素晴らしい!
こんな洒落たことを考えつく監督はどこの若々しい新鋭監督さんですかと思った人いますか?とんでもない、監督のマノエル・ド・オリヴェイラは1908年生まれの現役世界最高齢の映画監督ですよ!巨匠さまでおられました。「永遠の語らい」の監督であります。まだ感想文公開してませんが「永遠の語らい」凄すぎてひっくり返りますよ。追記ですが書いたのでリンクしておきましたけど。
マノエル・ド・オリヴェイラ監督は「征服者、征服さる」を撮ったあと、2014年現在でさらに短編を二本撮ってます。もう素晴らしすぎて泣けてきますね。人類の師匠ですね。永遠に生き続けてください。
出演しているリカルド・トレパはマノエル・ド・オリヴェイラの孫なんだそうです。あんたもなあ、ちょっとおもしろすぎやろ。
唯一気がかりなのは、最初のバスに乗っていた可愛子ちゃんが誰なのかという点です。調べました。Kristina Zurauskaiteというお嬢さんです。IMDbでもこの短編以外に出演作の記述がないような。ポルトガル語ができる撮影やデザインをやってる学生さんのプロフィールとかが検索でひっかかりましたがこの子でしょうかね。これ以上しつこく追い回すと犯罪的なのでやめておきましょう。
最後の短編が「征服者、征服さる」であることがオムニバス映画全体の構成をビシッと締めました。これにより、一本目のアキ・カウリスマキ作品も俄然「この映画を構成する一本」という位置づけとして真っ当に思えてきます。
猛烈奥深さと気の抜けた感じの完全同居、4本のそれぞれ超個性的な短編が力を見せつける「ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区」でした。やっと感想書けた。
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