女性を襲い頭皮を剥いでマネキンに被せる修復士という話の骨子だけ聞くと、なんたるB級スプラッターかと思われるかもしれませんがその通りです。でもちょっと違うんです。ややマニアックな話となりますが、まず最初に重要なのはこの映画が1980年のアメリカ映画「マニアック」のリメイクだということです。
アメリカのB級映画、いわゆるグラウンドハウス作品と言っていいのかもしれません。このオリジナル「マニアック」は「タクシードライバー」や「ロッキー」などのジョー・スピネルという人が製作した血みどろ映画だそうです。脚本を書いたのはジョー・スピネルともうひとりC・A・ローゼンバーグで、C・A・ローゼンバーグは本作2012年「マニアック」でも脚本を書いています。
本作の脚本家は三名がクレジットされていて、他はアレクサンドル・アジャとグレゴリー・ルヴァスールです。何とアジャ来ました。フレンチホラーで名をとどろかせた才人、「ハイテンション」から「ピラニア3D」まで一部を除きたいそう素晴らしい作品を作るフランス人監督ですね。
もうひとりのグレゴリー・ルヴァスールは「フリア」から「ピラニア3D」まで、ずっとアレクサンドル・アジャと組んでいるお仲間です。この二人のコンビがリメイク作品でも大きな力を発揮していることが見て取れるでしょう。
そしてアレクサンドル・アジャは脚本を書いただけではありませんで、そもそも本作の製作者です。つまり本作「マニアック」は一連のアジャプロデュースによるリメイクシリーズなわけです。
私は個人的に「ミラーズ」があまり好きではありませんですが他のリメイク作品は一級品で素晴らしい出来映えで大好きです。最早ブランドなのです。
アジャ製作リメイクシリーズですからオリジナルにも敬意を表してオリジナル脚本家にも脚本を書いていただきます。と、そんな案配なのですね。
そういうわけでマニアックにくどくど説明してるわけですがまだあります。
製作はアレクサンドル・アジャの他にトマ・ラングマンとウィリアム・ラスティグの名がクレジットされています。
ウィリアム・ラスティグはオリジナル「マニアック」の製作・監督その人です。やはりとことんオリジナルに敬意を表しております。
もうひとりのトマ・ラングマンという人ですが、これがなんと不思議なことに「アーティスト」の製作者です。
ここに来て「えっ」ってなります。突然何の関係もない「アーティスト」なんて映画の関係者が出てきたわけですが、他にも製作総指揮にダニエル・ドゥリュームという人がいたり、何となく「アーティスト」関係者がいます。B級スプラッタのリメイクと「アーティスト」の関連とはどういうことでしょう。こういうことです。
「アーティスト」は古き良きハリウッド映画の雰囲気を再現したフランス人によるサイレント映画でした。各界から高評価を得た作品でしたが、一部のヘンコな評論家が映画を勘違いして貶していましたね、曰く「古い映画の焼き直しシーンをそれ風に繋げただけの物真似映画だ」と。
何をおっしゃるうさぎさん。「アーティスト」という映画はまさにそういう映画じゃありませんか。古い映画に敬意を表し、観たことあるような演出を再現した、言ってみれば不特定作品のリメイクでございますよ。「それ風」に作ることに命を賭けた職人技を何と見るか。
というわけでB級スプラッタのリメイクとハリウッドサイレント映画の漠然としたリメイクという点で「マニアック」と「アーティスト」の共通項が浮かび上がります。アメリカ映画のフランス人によるリメイクというのも同じです。この「マニアック」仏米の共同製作ですから「アーティスト」にとても近いものになっています。
アレクサンドル・アジャのリメイク作品作りは、我々が気づかぬうちに何やらこだわりの美学を伴った「映画の仕事」として確乎たる存在感を放つようになったんではないでしょうか。どうでしょうか。見方がマニアックすぎますか。
さて美学を伴ったリメイク作りですが、じゃあ「マニアック」の出来映えはどうなんだと。と、言えばですね、この映画、映像がとても良いです。全編美しいし構図もカッコいいです。どのカットも見過ごせない力を伴っています。でもかといって本編の基本馬鹿馬鹿しい点を決して壊さない程度のカッコ良さで、このあたりの抑制が良く効いています。
凄すぎてもだめなわけですね、本編のストーリーはさほど複雑じゃないしグラインドハウスらしさを失うわけにもまいりません。このあたりの抑制、これがまたマニアック。
ちょい役で出てくる登場人物の味わいも細かく面白く、それからヒロインの女優さんも素敵です。ノラ・アルネゼデールっていう人ですか。知りませんが。そしてマニアックと言えばイライジャ・ウッドにこんな役をやらせるのもなかなかいい感じです。
イライジャ・ウッドは「シン・シティ」でもああいう役をやってますから、これは意外なキャスティングというよりもやっぱりマニアックなキャスティングと言っていいかもしれません。
何だか本編に全く触れずマニアックな話に終始してしまいましたがマニアックという映画なので仕方ありません。本編、いい感じですよ。美しさとカッコ良さと馬鹿馬鹿しさとスプラッタでできています。
ただ私個人の好き嫌いで言えば「ピラニア3D」が世紀の大傑作、「ヒルズ・ハブ・アイズ」が大好物、それに次ぐ感じかな。いえいえ、レベルは高いんです。とてもいいです。