「シャロウ・グレイブ」なんかは今でも「あれおもろかったよなあ!作品」のひとつなんですね、そのダニー・ボイル&ジョン・ホッジのタッグふたたびです。世界の大物になってもダニー・ボイルはスタイル七変化で挑戦的な映画を次々に作ります。
さてこの「トランス」は絵画強奪事件をめぐるミステリーで、窃盗団内幕スリラーで、催眠をテーマにした男女三人にまつわる記憶と心のサスペンスです。
冒頭は絵画のオークション会場、そしてゴヤの「魔女たちの飛翔」強奪事件です。鍵を握るのは坊ちゃん顔のサイモン(ジェームズ・マカヴォイ)。
窃盗団のボス、フランク(ヴァンサン・カッセル)、そして催眠療法士エリザベス(ロザリオ・ドーソン)が絡みます。
さてさて皆様お立ち会い、映像音楽構図に構成、スタイリッシュでかっこよく、ぐいぐい見せます聞かせます、消えた絵画はどこ行った、怪しい男女3人の、真の姿はどこにある、いい者悪者入り乱れ、ころころ変わるその印象、夢か現かまぼろしか、潜在意識か記憶の底か、役者も名演監督好演撮影見事で編集クール、これぞ大人の娯楽作、ロザリオ・ドーソンめちゃ綺麗。
いえね、冒頭開始直後からずっと前のめりでのめり込みます。ほんとよくできていて面白いです。
ものすごく深みがあるとかそんなんじゃなくて、真っ当スリラー直球ミステリー、これぞ娯楽サスペンス、お見事っ。と、そんな一品です。
ゴヤの「魔女たちの飛翔」が盗まれます。
ミステリーはパズルのように組み立てられていて、この絵画がそのまま映画全体を俯瞰する構成になっているようです。ミステリーとしての筋立てもおもしろく出来ています。
でも実はそんなことよりもっとおおらかな感じが全体を包んでいて、私のお気に入りはそっち方面です。
例えばフランク率いる窃盗団です。ものすごく怖い窃盗団と思わせたり、かと思えば意外と緩かったりします。
ヴァンサン・カッセルがとんでもなくいい感じで、セリフの節々で個性的なキャラクターを演じ尽くします。印象をころころ変えます。
この怖いのかちょっといいやつなのかよくわからない感じのキャラクターは「イースタン・プロミス」の時の倅役とわずかにかぶりますね。ヴァンサン・カッセルのこっち方面の魅力はほんと独特です。
サイモンを演じたジェームズ・マカヴォイもナイスキャスティング、「ラストキング・オブ・スコットランド」で強烈に印象づけました。今もっとも熱い英国俳優かもしれません。今回のサイモンはフランクと同様、最初の見た目と後半の印象がころころ変わります。
精神療法のエリザベスの美しさにも目を見はります。「デス・プルーフinグラインドハウス」やその他でもお見かけしました。やはり最初の印象と後半の印象をころころ変えます。
この映画は大人の娯楽作品ですから大人のネタがありまして、ロザリオ・ドーソンのですね、あーっ。な、シーンも拝めたりして、もうそれだけでもね、あれですよ。ね。
「トランス」のキモは主人公たちの七変化というかとりとめのなさです。役割的に一個の決まったキャラクターが設定されているのではなくて、「で、こいつはどんなやつなの」っていう部分をころころ弄ぶんですね。
絵画強奪事件のミステリーと窃盗団内幕スリラーと油断ならない人間たちのサスペンスですがさらにこれに加えて最重要項目である催眠・記憶というものを混ぜ込みます。
所謂「なくした記憶もの」にありがちな臭みに陥ることなく、何でもありだからかえって退屈になりがちな「怪しい記憶の幻想的シーン」の罠に落ちることなく、絶妙なバランス感覚で中核の筋立てに組み入れます。
脚本の勝利でもあり、演出の見事さもであり、カッコいいショットによる撮影の技でもあり、編集のクールさによります。
脚本は昔ダニー・ボイルと組んで「トレインスポッティング」「シャロウ・グレイブ」の脚本を書いたジョン・ホッジ、撮影は「スラムドッグ」「127時間」の他「ラストキング・オブ・スコットランド」やトリアー「ドッグヴィル」や「マンダレイ」など、それからトマス・ヴィンターベアの「ディア・ウェンディ」なんかも撮っているアンソニー・ドッド・マントルです。
音楽のリック・スミスも大物な人なんですね。
ダニー・ボイルは超大物になりましたが昔の仲間とまた組んだりして、偉いですね、こういう人。さすがぼくらのダニー・ボイルです。
なにより気に入ったラストシーンでした。
いろいろあって大変なことになったりあーっなことになったりしたあげくの映画の終わりは、とても気の利いた洒落た終わりで、何も引き摺らず、すっと映画を閉じます。
昔のミステリー映画のような、後味スッキリさわやかのエンディングに拍手。これぞ正しい娯楽サスペンス。
こないだ公開してたばかりなのにもうDVD出てます。やったね。