1920年代のスペイン、アンダルシア地方です。
著名な闘牛士と客席で応援する妻カルメン。カルメンは歌手で美女で身籠もっています。そして事故が起き、闘牛士は瀕死の重傷を負い、ショックの妻は産気づき、哀しい結果が訪れます。
生まれた子供カルメンシータは綺麗で優しい祖母に育てられ、重症を負った父の闘牛士は看護婦と再婚、子供とは一緒に暮らしません。
ちびっ子カルメンシータの数奇の人生が始まります。祖母との暮らしがどうなるのか、父と会えるのか、父の再婚相手との関係はどうなるのか。
この映画、天才闘牛士の血を引く少女の童話です。どのくらい童話的かというと、後にこの少女は「白雪姫」と名付けられまして、白雪姫的なる童話の世界です。おとぎの国の住人ような優しい祖母に育てられるし、いじわるな継母とか出てきます。
抽象的で類型的な登場人物たちによる、抽象的で類型的な物語です。つまり童話です。シリアスな映画ではありません。
にもかかわらず心にずびずばと突き刺さり、人によっては涙に暮れる威力を伴っています。感動や哀しい涙ではなく、童話的でピュアな涙です。増幅された感情の昂ぶりです。これは童話的ならではの心の動きです。
なぜこの単純なお話にこれほど心動かされるのでしょう。もうわかっています。
「ブランカニエベス」は白黒作品で、サイレント映画の技法によって作られています。つまり音楽だけが鳴り、セリフがありません。時々画面にセリフが文字として現れます。昔懐かし由緒正しきサイレント映画です。
この技法は今でも十分に効果的です。ただの消え去った昔の技術ではありません。何に効果的かというと、観客が頭の中で想像力を爆発させる効果です。
映画内だけでは表現しつくしていない広がりというものを、観客が想像力を働かせることによって補います。
あるひとつのシーンを見ただけで、心の中にそれ以外の関連シーンが作られます。登場人物が直接声を出さないことにより、彼ら彼女らのたくさんの言葉を想像します。
天才闘牛士の活躍、妻を亡くした悲しみ、祖母との日々、屋敷での暮らし、怖い二階、意地悪な継母、旅芸人との旅、これら単純な出来事が童話的であればあるほど、類型的で容易に想像することができるお馴染みのお話であればあるほど、観客ひとりひとりの頭の中では世界が広がります。
単に奇を衒って白黒サイレントにしたわけではなく、童話的なお話が観客の想像力によって広大に展開できることを確信しているからこその選択だったと思います。
近年、サイレント映画の話題作をいくつか観ました。「アーティスト」と「熱波」です。どちらもすばらしい作品でしたが、特に「熱波」は「ブランカニエベス」と同じように観客の空想の広がりを手助けする効果で成果を上げていました。ただ「熱波」は映画の一部にそれを採用しただけなので、全編サイレントの「ブランカニエベス」ではより大きな成果をあげたように感じます。「アーティスト」はほんのちょっとテイストが異なりますね。あれは効果を生むための技法の選択ではなくて「サイレント映画である」という目的が第一義にあったように思います。あ。「熱波」の感想文書くの忘れてる・・
さて現代のサイレント映画の効果的な特徴のもう一つは音楽です。サイレント技法だから音楽がすべてです。ただのBGMなんかではなく、音楽はストーリーそのもの、主要キャラクターとなります。
「ブランカニエベス」の音楽の素晴らしさ、もちろんスペイン音楽が好きとかそういうのもあるでしょうが、まあほんとに効果的で、音楽の力でもやはり心を動かされます。
タイミングとか、ちょっと狙いすぎているところも感じますが、多少の狙いすぎはむしろ好印象です。
母カルメンが歌うあの曲なんかにいたっては、最初の手拍子の音だけで涙腺が決壊します。
音楽がいいだけではなく、音響的に凝ってます。あの手拍子、完全に耳元で鳴りました。びっくりします。
この映画をどうしても劇場で堪能したかったのは音楽のためです。
劇場の価値は綺麗な映像ってのももちろんありますが、それ以上に音響があります。ホームシアターがいくら立派になろうと、なかなか綺麗ないい音で堪能できるような設備までは実現しません。
地元のミニシアターは映像は小さくて汚いのですが、音響の設備が良くて、音の良さにはいつも感心するんです。
「ブランカニエベス」は2013年12月から14年の最初にかけて公開されていました。地元はいつも東京から1年くらい遅れて公開しますが今回はわずかに遅いだけでした。だからそういうこともあって無理して劇場公開に間に合わせました。
まだ今ならどこかでやっているかもしれませんし、これから公開する劇場もあるかもしれません。もし興味あったら、音楽のためにも良い設備でご堪能を。
監督パブロ・ベルヘルは立派な経歴をお持ちですが今作で初めて日本で紹介されました。
主演と言っていいのか、我らがマリベル・ヴェルドゥが堂々の意地悪継母を演じきりました。嬉々として悪役をやっております。しかし何という美しさ、ファッションショーみたいなシーンもあり、「ゴヤ」の時に見せたようなアンティークな衣装に身を包んだ魅力をたっぷり堪能できます。
カルメンシータのちびっ子時代はソフィア・オリアというお嬢ちゃん、めためた可愛いです。ピュアで不憫なこの役をやり尽くしました。
机に乗っておばあちゃんに裾を直して貰っているときの踊りの手さばき、洗礼の儀式のあとの不憫さ、祖母への愛情、レコードを戴いた喜び、闘牛のまねごとをするときの可憐な動き、もうこの子の全てが愛おしいです。
もうちょっと育ったティーンのカルメン、白雪姫と呼ばれるこの少女を演じたのはマカレナ・ガルシアというテレビやミュージカルで活躍している女優だそうで、今回が長編映画初出演。強い印象のちびっ子時代からこの少女に役が切り替わるときの不安感を吹き飛ばしました。あっぱれあっぱれ。最後のほうの競技場でいろいろ思い出すシーンは圧巻です。ただ空の上にぽわ〜んと浮かぶ父の映像は、あれはちょっとギャグっぽいのでした。
さて母親で歌手で超絶美女、カルメンを演じたのが大注目のインマ・クエスタです。いいです。この人、めちゃいいです。誰かわかりませんか?「マルティナの住む街」のマルティナですよ。素敵なおっでしたよねえ。ちなみにですけど「マルティナの住む街」はタイトルとポスターから連想するようなイメージと異なり、実際は「いとこ」というタイトルのバケーションコメディですよ。これもめちゃおもろい良い映画でした。
優しさ爆発のカルメンの母、白雪姫の祖母を演じたのはアンヘラ・モリーナ、巨匠作品でお馴染みです。
撮影はアレックス・デ・ラ・イグレシア作品で(私にとって)お馴染みのキコ・デ・ラ・リカ。
映像の美しさをとくとご覧あれ。この映画、映像の力もすんごいです。
というわけで、すばらしい白黒サイレント童話「ブランカニエベス」でした。
サントラほしいよね。
と、思ったらiTunesStoreにもAmazonにもありました。
ゴヤ賞10部門獲得。