アッバス・キアロスタミ監督が日本を舞台にした「ライク・サムワン・イン・ラブ」を撮る前に作ったトスカーナでの大人の愛の映画。
「ライク・サムワン・イン・ラブ」ほど恐ろしい映画ではありませんで、もっとコミカルです。でも簡単にはいきません。でもストーリーは簡単です。
ストーリーはジュリエット・ビノシュとウィリアム・シメルが会話をしながらトスカーナを散歩します。
そんでもって、何これものすごい力で引き込まれます。言葉の海に沈められます。会話の中に世界があります。
冒頭は作家が自著について語る講演会からです。この講演会シーン、作家がまだ登場しない映画開始5秒でもうすでに前のめりですわ。何てこった。この魔力はどこからやってくるんですか。カットの時間割りですか、クールな撮影ですか、役者の力ですか、撮影現場の空気ですか。
講演内容も面白くてうっかり聞き入ってしまいます。贋作について語っています。で、ジュリエット・ビノシュが子供連れで入ってきて、演者の目の前に座ります。もうちょっと奥の方ならまだしも最前列に座ってですね、講演を聴いているのか聴いていないのか、何とも中途半端な雑な調子でそわそわしています。見ているこっちもそわそわします。
もうすでに人の声が重なりあっています。この胸騒ぎを伴う可笑しな場の空気にすっかりやられてしまい、誰が誰で何がどうなのかまださっぱりわからない状態で映画の世界にどっぷり浸かっております。
で、本を書いた本人ジェームズとジュリエット・ビノシュであるところの「彼女」(役名はない)が、待ち合わせてトスカーナの見物をします。
車でいろんなお話をしたり、美術館に行って贋作について語ったり、喫茶店でお茶したりします。ほんとただそれだけの話です。
しかしながら圧倒的な力を見せつけられます。
すごく自然に見える会話は練りに練られた超絶脚本にていろんな知見と緊張と笑いとミステリーが渾然一体、役者の魅力と共に壮絶あり得ない展開で見ているこっちもふらふらです。
見終わって直後は細部の会話がどういうふうに凄かったかわーわー語り合ってた気がしますがもう今ではそんなことはどうでもいいことです。どうでもいいというか、分析したって始まらないってことです。
ただ、極めてナチュラルな会話の中に緊張を張り巡らしミステリーを仕込みサスペンスを含ませます。ついでにわびさびの間と面白さとキャラクター表現を完璧にこなし、人の感情を手玉に取り笑わせ驚かせ感心させにんまりさせます。
論理と感情の敵対型饒舌とコミュニケーション不全を徹底的に描き倒しながら、同時にそこから生み出される情や味わい深さや下手すりゃ魂までも垣間見せます。
アッバス・キアロスタミという人はいったいどういう人なんでしょうか。なぜこれほど絶妙な空気を作り出せるのか、謎が謎を呼びます。
その謎を解明するには、脚本・演出の作品ではなく、脚本だけ、あるいは演出だけをやっている作品を観てみるとちょっとヒントになるかもしれません。でもどうだかわかりません。
まあなにしろ「トスカーナの贋作」にはやられました。ジュリエット・ビノシュも最高です。息子との電話シーンなんかもうすごいです。ジェームズ役のウィリアム・シメルも何とも言えない間抜けな味わいでこれまた最高。
でもね、喫茶店のおばちゃんもこの映画中最大の見せ場と転換を演出して最高だし、広場で出会う夫婦なんかね、もう最高です。ついでにレストランのウェイターも結構最高だったりします。
なに、最高ばっかりやないかと。
まいったな。そうなんですよ。もうなす術がありません。完敗。
http://www.youtube.com/watch?v=nM_8TPLMCOU