スサンネ・ビアは90年代から活躍している監督で、ラース・フォン・トリアーらとドグマ95の「純潔の誓い」を提唱したお仲間でもあります(ドグマ95 | Wikipedia)
ピリピリした人間のリアリズム描写に息を呑む作風で、心系胸騒ぎ系の家族や人、それと社会との関わり、そしてついでに海外の社会との関わりなんかを描いてきました。
全作品は知りませんので観た範囲だけですが、突き刺さるようなリアリズム描写と揺れて定まらない人間の性(さが)のようなものを描きつつですね、特に海外、いわゆる第三世界といいましょうか、ちょっとその、普通の先進国とは違う外国をストーリーに紛れ込ませるという特徴がありました。
「ある愛の風景」のアフガニスタン、「アフター・ウェディング」のインド、「未来を生きる君たちへ」のアフリカのどこかの国、それらがですね、見事にその、変な描き方なのが共通していました。どう変なのか。こう変なんです。
人間ドラマは強烈にリアリティがある作風なのに、第三世界の描き方が類型的表層的お茶目的印象主義的なんですよ。アフガニスタンでとっ捕まって閉じ込められる様も、インドの子供たちの無邪気さも、アフリカのみんなも、リアリティがまるでありません。これね、真面目な人が観たら怒るんじゃないかというくらい「イメージとしての第三世界」なんですね。
これが私どもにはけっこうツボでして、ドメスティックな物語のリアリティと、ほんわかイメージとしての第三世界の描き方のギャップがとても面白くて、そういうスサンネ・ビア作品の個性、好きなんです。いえ、決して茶化してなんかいません。
前置きが長くなりましたが、そんなわけで我が映画部では「次のスサンネ・ビア作品ではどの国が登場するか」と予想大会にまで発展する有様でした。だからまさか「愛さえあれば」なんていうラブコメを引っさげてくるとは予想もしておりませんでした。完全に裏をかかれました。
「愛さえあれば」は、ピリピリするようなリアリティ描写はまったくなく、ものすごく真っ当な愛のコメディ劇場です。ちょっと驚くほど虚構に徹しています。しかも娯楽系の虚構に完全に乗っています。そんでですね、これ、面白いんです。
乳癌の手術をしたばかりでまだ精神的にも弱っているイーダ(トリーヌ・ディルホム)が夫の浮気を目撃します。弱ってる上にさらに傷ついた状態で南イタリアでの娘の結婚式に出席するために旅立ちますが、気が動転して車で軽く事故ると事故った相手は娘の結婚相手の父親だという。あれよあれよ。そんな感じで始まるお話です。
イーダと浮気夫と浮気相手の女、結婚する娘とそのお相手青年とそのお友達、そしてその青年の父親などが、組んずほぐれつ、イタリアでの気まずい展開や面白い話やドキドキする話を紡ぎます。
イーダと新郎の父親(ピアース・ブロスナン)との淡い恋のラブロマンスでもあります。
内容はね、いたってありきたりなラブコメです。お約束もたっぷり、でもそうじゃない感じの部分もちゃんとあって、ぐいぐい見せます。例えば浮気夫のキャラとかめちゃいい感じだし、まさか浮気相手とイチャイチャ娘の結婚式に登場するとは予想外でした。新郎の父親にしなだれかかるおばちゃんも味わいあるし、その娘の変な感じもたいそう魅力です。普通っぽくちょっとおかしな集まりです。新郎の青年も変わり者ですし。
軽いタッチの中でもわりとぐっと見せるところは見せますよ。まじ面白いんです。ほんとですって。
というわけで、我々の予想を覆してコミカルラブロマンスを作り上げたスサンネ・ビアですが、この作風はどう考えてもみんなに受けます。小難しいところもなく気軽でいてキュンとなってほっとなってドキドキしたりわくわくしたりしますからね。広く国民に受け入れられ、デンマーク中のおばちゃんたちが夢中になったことでしょう。スサンネ監督はデンマークの国民的監督として不動の地位にあるに違いありません。いつもピリピリした作風だったから「あたしだってやるときゃやるんだよ、コメディラブコメどんと来いさ」ということかもしれません。もちろん実際は知りません。
と、ここまで来て最初の話に戻ります。
裏をかかれた我々ですが、実はすでにお気づきの通り、さらに裏をかかれました。つまり「次の作品ではどんな第三世界が出てくるんだろう」のその答えこそが「イタリア」だったのであります!!!
イタリアは第三世界ではありませんが、「愛さえあれば」のイタリアがどんなふうに描かれているかを目の当たりにすれば誰にも明らかです。
まったくもってイメージとしてのイタリアです。お城のようなおうちがあって裏に山があり、オレンジだかレモンだかの大きな畑があり「このあたりの半分は私の土地だ」というものすごい経営者の設定があったり、散歩コースに観光名所が含まれて海辺の船に腰掛けて足でばしゃばしゃやります。まさに夢の国イタリア、まるで少女漫画の舞台、おばちゃんの目にもきらきらと星が輝きます。
こうして、私が知る限りにおいて、アフガン、インド、アフリカ、イタリアと、順当に外国を舞台に含めながら愛や人間たちのドラマが繰り広げられるというスサンネ節はまたしても健在であったと、そういう結論にて今日はこのへんで。