ベント・ハーメル監督の作品では「キッチン・ストーリー」が超絶素晴らしい映画で、もうこの一本を撮ったというだけで一生消えない尊敬の念です。「酔いどれ詩人になる前に」もかなり好きです。他のも好きな系統で、つまりとってもファンです。
そのベント・ハーメル監督がクリスマスにちなんだ映画を作っていたというのを聞いて「何それどうするつもり?」と非常にわくわくして観ることにした「クリスマスのその夜に」です。今感想文書いてますが観たのはクリスマスと全然関係ない頃なので見終わって変な感じでした。
群像劇の技法です。何人か、何組かの複数のお話が平行に綴られます。全体的には、クリスマス映画にふさわしいハートフルほんわか心が温かい系映画です。捻くれまくったような仕上がりではありません。ちゃんとクリスマスっぽくいい感じに仕上げています。
それでも個々の物語はやっぱりちょっとだけ個性的です。ベント・ハーメル作品にしては「ほんのちょっとだけ個性的だけど抑えめで普通の仕上がり」と、やや物足りなく感じますが、いわゆる一般的な意味で普通のクリスマス映画としては「ちょっと風変わりな」と受け止められるかもしれません。一般的な意味で「ちょっと風変わり」とすら思われないような作品なんて、それはつまりふわふわのぺらぺらのつまんない作品でありましょうから、このあたりの押さえどころはちょうど良かったとも言えます。
冒頭がすごくいいんですよ。何かわからないけどのっぴきならない感じで始まります。子供が駆けて出て行って母親が探すんですけど、そのロケーションが特殊で、ちょっと怖くて、政治的紛争的な恐ろしさを少し感じさせます。この冒頭で「何だ何だ」とドキドキわくわくします。
この冒頭が何であったかは、わりと引っ張って最後のほうでネタを明かします。
これが一つの大事なエピソードです。これはいい感じです。
チンピラにいちゃんみたいな男がいて、この男、妻と子に逃げられて鬱症状まで発症している哀れな男です。子供にどうしてもプレゼントを渡したくて、サンタの扮装で逃げた妻と子が暮らす家に忍び込みます。
この男がとてもいい感じで、ここ面白いエピソードです。
つらいホームレス男が電車賃もないけど故郷を目指したりします。
お堅いおつむの医師が脅されて身を隠しているコソボ出身者の元に呼びつけられます。
ある少年は家族でクリスマスを過ごすことを照れくさがって、イスラム教徒の女の子に「うちもクリスマスのお祝いなんかやらないよ」と嘘ついて二人で楽しく過ごしたりします。
また唐突に中年男女の激しいセックスが登場したりします。
まあいろいろあって、さっき書いたように個人的には「まあまあ個性的」程度の群像劇でしたが出来は決して悪いわけではなく、とてもよろしいです。多分ぐっと来る人もおられると思いますよ。いい話が散りばめられています。
映画内で模型が出てきます。おうちがありアパートがあり丘があり汽車が走る模型です。この模型が、映画全体を俯瞰する役割を持っていて、映画の縮図となってます。
映画を見終わると、どす黒い血で汚れきった私のような悪者でもちくちくほわほわしたクリスマスっぽい気分に浸ることが出来ます。
この映画はこういうのでいいんです。クリスマスの当たり前としてこれはこれで十分だし、ベント・ハーメルみたいな世界的な監督が敢えてこういうのを作るのも味わいがあってとてもよろしいです。
でもイスラム教の女の子の一家みたいに、クリスマスとまったく無関係に日常を送る人々もまた当たり前です。ちなみに私ども映画部家族のクリスマス・イブは粕汁と白菜の漬け物と大根葉を美味しくいただきました。
日本語版の予告編はネタバレな上に、ふわふわのぺらぺらのイメージで売ってましたのでこっちのトレイラーを貼っといた。ほとんど同じ編集ですがこっちにはセックスシーンあり。このへんが大人の国とこどもの国の違いですかね。
カバーアートよく見たらわかりますけど、逃げた嫁はんが元夫と気づかずに下腹部をまさぐっているシーンですよ(笑)