リヴィッド

Livide
「屋敷女」で強烈デビューを果たしたジュリアン・モーリーとアレクサンドル・バスティロのコンビ監督の第二作「Livide」です。モラルの限界に挑戦した前作とはうって変わって、今作「リヴィッド」はゴシックホラー仕立ての、ひとことでいうとわけのわからんホラーファンタジー。
リヴィッド

屋敷女」は強烈でした。モラルの限界、残虐の頂点を極めました。フランス映画らしい基礎描写を踏まえての美しい構図も見事でした。
その「屋敷女」を作った若いコンビ監督の第二作、撮影開始のころからすでに話題でしたがすっかり忘れてました。でも思い出しました。思い出した瞬間にDVDでも発売されるという都合のよいタイミングにすっかりご機嫌です。

多忙や確定申告の厭な厭な現実からの逃避には現実逃避のための映画がお似合いで、それはつまりホラーやファンタジーです。最近やたらめったらファンタジーばかり観ていますが、やはりタンパク質が不足したら肉が食いたくなるし、ビタミンが不足したら野菜が食いたくなるし、現実が辛かったらファンタジー映画が必要だし、脳活動の緊張と緩和には煙草とコーヒーが必要なわけです。

でも本作「リヴィッド」がファンタジーだとは全然知りませんでした。普通にホラーかスリラーかと思ってました。でも映画が始まってすぐに、これは殺人とかのスリラーではなくて、お化けとかのホラーなんだなとわかります。ファンタジーだとわかるのはずっと後になってからです。だからこれネタバレですね。ホラーなファンタジーです。きっぱり。「屋敷女」とはまったく異なる作風です。全然違います。でも共通点もあります。

序盤は、主人公女性の研修で在宅介護の訪問シーンです。この序盤、いいです。研修一日目のこの序盤だけでも十分に面白いです。主人公も可愛子ちゃんです。
この序盤のドラマとしての普通の面白さは、これは監督たちの基礎的実力を示しています。「屋敷女」の時も同じ感想を持ちました。
実に清く正しいフランス映画らしい丁寧なドラマで、ちゃんと映画作りを学ぶと、このように上手に撮ることができるんだなあと感心します。先人たちが培い育ててきた映画技術を、基礎技術として若い人間にたたき込むこの教育の成果はじつにスマート。こうして本来何十年もかけて会得する映画技術を最初にたたき込み、若い監督はその技術を前提としてさらに大きく育つんですね。こうして文化は発展を遂げます。もちろん大きく育つだけでなく、変に育つ人もたくさんいます。

もうひとつ、映像の美しさです。映像というか、構図とかですね。絵面ってやつです。やや古典的とも言える絵画的構図で撮ります。この美しさも「屋敷女」ですでに確認済みです。撮影監督の技でしょうか。

そんなわけで、ドラマ作りの基礎がちゃんとできていて、それから、絵画的な美しい構図で画面に収めるというそういう部分は「屋敷女」と共通します。

それ以外はまったく異なります。

序盤の研修一日目と、自宅のバスルームのシーンあたりまではとてもよく出来ています。
そうそう、唐突に出現するスペシャルゲスト、ベアトリス・ダルにもぜひ驚愕してください。

で、その後ですけど、若者二人と主人公女性が三人で行動開始するんですが、この三人の行動するシーンは途中までわりと中だるみします。序盤を見てせっかく褒め称えてるのに、三人の屋敷探検のシーンはしつこいわりに大したことありません。シナリオというかセリフも適当ですし、気合い入ってません。このコンビ監督はきっと若い男なんかはどうでもいいのですね。私もどうでもいいのでよくわかります。

さてさてお立ち会い、三人の屋敷探検に向かう車中のシーンでひとつあることに気づきます。車内の三人に、緑色の照明を当てて撮ってるんですよ。この緑色は忘れようったって思い出せないあの作品を彷彿とさせます。思い出せないどころか忘れることなどできません。「あ、サスペリアやんけ」と、100人中100人がそう思うでしょう。

サスペリア的照明、ゴシックホラーの屋敷、バレエに少女に老婆。フェルナンデス、じゃなくて、そうなんです。ダリオ・アルジェント大先生への愛です。

監督のインタビューを後で確認したところ、やっぱり「サスペリア」への愛は隠せません。それどころか「あの部屋にバレエ学校の卒業証書が飾ってあるんだけど」と監督うれしそうに語ります。「サスペリア」の舞台となったあの学校の卒業生があの老婆である、というわけなんですって。こら勝手に続編にすんな。

いまこうして書いていても、「サスペリア」の学校の名前が思い出せませんが、その名前なんですって。とんだオタク監督たちです。

そ、そんなこんなで「リヴィッド」は後半とんでもないことになっていきます。まあ言ってみれば無茶苦茶です。ファンタジーと言いさえすれば何やってもええのか、と思うくらいの無節操さで、面白いと言えば面白いですがわけわからんと言えばわけわかりません。よくない意味で。

まるでストーリーを考えている途中で気が変わって「やっぱりこうしよう」と変更して、で、またその途中で気が変わって「やっぱりこうしようかな」ってやってまた変えて、そんなふうに脚本作っていったのではないのかと疑いたくもなります。そういうところがうっかり楳図っぽいですし、楳図っぽい即ちダリオ・アルジェントっぽい、と、こうなっているわけでありますねえ。
言うに事欠いて監督、「僕たちは直感的に映画を作るタイプなんだよ」ですって!

(楳図先生のために一言申し添えておきますが、楳図先生は思いつきや直感でストーリーを書きません)

わけのわからん映画ですけど、気に入ったシーンがいくつかあります。大体、気に入ったシーンが二箇所以上あったりしたら、もう全部許せます。

まずは研修一日目の帽子を被った主演クロエ・クルーの可愛い姿がいいです。
それから、研修の師匠が「煙草吸う?」って聞いたら首を横に振ったくせに、仕事が終わって一人になると「やれやれ」って顔して煙草出して吸うシーンが好感度超アップです。
それから、こわいおばはんがフランケンシュタイン博士のような手さばきで機械いじりをしているシーンです。このシーンは映画中もっとも素晴らしいシーンでした。

怖いおばはんが何者かわかりませんが、いろんな設定を詰め込んでいて、吸血鬼みたいでもあるしゾンビみたいでもあるしただの怖いおばはんみたいでもあるし、剥製は作るわ機械いじりは得意だわ、なんかいっぱい入っていてお得なキャラクターとなっております。

「フランスの評論家にはカテゴライズできないキャラクターだから不評だったんだよ」なんて監督は言ってますが、いえ、きっと不評なのはフランスの批評家だからではないし、カテゴライズできないキャラ自体でもないと思いますよ。どちらかというと描き方や脚本や映画そのものが、あ、いえ、なんでもありません。

サスペリアやいろんな映画に捧げたゴシックホラー仕立てのファンタジー、最後はわけわからんながらも優しくほんわかまろやかに収束します。まあ、はっきり申し上げて観る価値のある作品とは思えませんが、この監督たちの作品に興味のある人が義務的に観る分にはいいかと思います。

ここまでやっちまったら、ジュリアン・モーリーとアレクサンドロ・バスティロのコンビ監督の今後にも注目せざるを得ません。妙な意味で。

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