BUG/バグ

Bug
孤独に暮らす女性アグネスが、友人から紹介されたピーターと徐々に仲良くなっていきます。不思議な男ピーターは小さな虫に恐怖心を持っており、やがて虫に関する重大な秘密をアグネスに打ち明けます。 卵を産み付けられた人間、沸いて出る虫、癒えない傷と孤独、警戒と恐怖、精神の崩壊と愛。 ニューヨークで話題の舞台劇をウィリアム・フリードキン監督が映画化した2006年の作品。絶品!
BUG/バグ

「エクソシスト」のフリードキン監督による一見ホラー系作品です。虫がわいて出る系の精神病ネタホラーだと小耳に挟んだだけで勝手に安っぽい娯楽サイコホラーと合点してしまい、あまり熱心に観ようと思わなかったのですが、インディーズ作品だと知って急に興味が出てきました。
最近になって観たコッポラのインディーズ小品も素晴らしかったので、フリードキン監督によるインディーズ小品ももしかしたら面白いかもしれないと思った次第です。

その予感は大当たり。あー。もっと早く観ていればよかった。
「BUG/バグ」めちゃいいです。素晴らしい出来映え。ウィリアム・フリードキンすごい。大好き。

どんな映画かと言いますとストーリーはこんな感じです。

主人公女性アグネスはモーテルでひとり暮らしです。わりとだらしない生活を送っています。別れた夫は刑務所にいたのですが出所したらしいと知って「あの男がやってきたら厭すぎる」と怯えています。
バーで働いており、レズビアンの友人がいます。この友人を介してピーターと知り合います。

ピーターはおどおどした感じの男で、やさしく誠実そうです。でもちょっと変なやつです。
やがてちょっと変どころか、大層変なやつということもわかっています。

ピーターには秘密の経歴があって、それから虫についての秘密もあります。虫の卵を産み付けられているんです。

アグネスとピーターはだんだん仲良くなっていきます。そして、虫についての警戒感と恐怖を共有するようになるんですね。

というわけで、寂れたモーテルの一室が主な舞台となり、アグネスとピーターの虫に関する物語が展開します。虫に関する、というか、精神に関する物語です。アグネスの友人や元夫なども時々登場します。

元が舞台劇というのは観ているあいだは知りませんでした。
でも観ているあいだも見終わった後も、あまりにも面白すぎて凄すぎたので、この凄さは並みじゃない。この凄さはあれだ、まるで舞台劇のようだ、と思ったんですが、後で調べると案の定、評判の舞台劇の映画化でした。

つまりこの映画がどんな映画かと言いますと、全体的には「心理劇の舞台劇」的であるということです。
ほとんどワンシチュエーションの設定の中で、限られた少人数による会話とお芝居でもって物語が進行します。舞台劇ならではの言葉の応酬が見応えたっぷりでして、脚本のすばらしさと役者の名演技が見物となります。
舞台劇映画の醍醐味は「ダウト」や「おとなのけんか」などでも堪能できますし、こういった研ぎ澄まされた言葉や狭い空間での絶妙なやりとりが好きな人にはたまらない魅力に満ちております。私は舞台劇は苦手なのに舞台劇の映画は好きだったりするんであります。

トレイシー・レッツによる舞台劇は評判のロングランで、これを映画化しようと思ったフリードキン監督の下、トレイシー・レッツ自らが脚本を書いています。
脚本的な面白味は折り紙付き。観客目線の不穏や疑問点をまき散らし、多方面の解釈を可能とする優れたシナリオとなっています。ストーリーそのものが信頼の置けない状態、いわば叙述トリックのような形相も帯びているようにすら感じます。
例えば、最初の電話シーンを思い返してみても、アグネスへの不信感が確乎として存在していたことがうかがえますし、ピーターの存在やピーターの言葉そのものへの不信感にすら到達できます。思考実験が楽しめる実に面白い脚本です。

そして同名舞台劇で肝心要のピーターを長年演じていたマイケル・シャノンが映画でもピーターを演じます。
このキャスティングがすべてと言っても過言ではありません。
ピーターと言えばマイケル・シャノン、マイケル・シャノンと言えばピーターというくらい、彼の役者人生の中で重要な役であったようです。

マイケル・シャノンの壮絶な演技力と存在感は格別です。以前大絶賛した「テイク・シェルター」や「狂気の行方」で見せた彼の魅力の根っこが「BUG/バグ」という舞台劇にあったのだとはじめて知りました。
「BUG/バグ」のピーターがあったからこそ「テイク・シェルター」のキャスティングが決まったようなものなのでしょうね。

このマイケル・シャノン演じるピーターの一挙一動が「BUG/バグ」で炸裂しっぱなしです。面倒臭いのでいちいち具体的に書けませんが、もうそりゃ、凄いの一言。すべての挙動と言葉がビシビシ来ます。ただ褒める以外の何もできません。

くたびれた女性アグネスを演じたのはアシュレイ・ジャッドです。くたびれていて酒浸りでぶよぶよしているように思えますが、根っこにある美女感は隠しきれません。ときどき、本来の美しさが垣間見えます。
これはまるでシャーリーズ・セロンが「モンスター」をやったときのようです・・・か。そこまでひどい役でもないか。
アシュレイ・ジャッドは「サイモン・バーチ」のレベッカ、つまり大親友ジョーのあの素敵なお母さん役の人ですよ。ほら、正体は素敵な女優さんでした。

犯罪者の暴力亭主も最初変なキャスティングだなとちょっと思いましたが実にちょうど良い人選でした。ただ単なる暴力亭主ってわけでもないんですよね。亭主を演じたハリー・コニック・Jrもいい感じで味わい深いです。
レズの女友達を演じたリン・コリンズもいいです。あまり知らない役者さんですが、なんせみんないいです。

さてウィリアム・フリードキン監督ですが、なんと言っても「エクソシスト」そして「フレンチ・コネクション」が有名ですね。この監督がどういう人かあまり知りませんが私は個人的に「ブリンクス」が好きだったこともあり、よく知らないのにわりと好きな監督だったりします。

フリードキン監督はインディーズ配給の映画作品についてとても肯定的なお話をされています。
70年代がすべてパーフェクトだったわけではなく、どんな有名監督であってもビジネスが最優先されて大人の事情が生じるものだった。という話です。
その頃のインディーズは、映画制作の金もなく、アングラや実験映画しかないような状態だった。ところが今の時代、多様性のもと、映画は巨大資本のものばかりではなく、インデペンデンスの比較的小さな会社がたくさんあって、そういうところの資本で作るとかなり自由に作れるのだ。というような話を嬉しそうにされている姿にとても好感を持ちました。

ついでにフリードキン監督の話ですが、この方、かなりの技術的見識を持った監督で、職人気質なところもあります。「エクソシスト」の公開時、全米の公開劇場をチェックして、映写機の電球の状態や音量のレベルやスピーカーそのものなどについて事細かに指示したのだそうです。「今の時代は公開時の公開館が多すぎて一件ずつ指示することなんてとてもできないけいどね」すごいもんです。

というわけで「BUG/バグ」はたいへんな良作、これを見損ねていた数年間は大いなる損失だったと思ってしまうほどの見事な映画でした。

心理劇、舞台劇、狂気、孤独、大人の愛、細かなセリフや演技、そういった事柄にのめり込める人には大いにお勧めしときます。私個人は大絶賛です。
単なる虫のホラー映画だと思ってる人には「そんなんじゃないからお気をつけを」と言っときます。

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