この「黒猫・白猫」は公開当時から気になっていた作品でしたが、どういうわけか今回初めて観たという。「観たいかなあ」と思っていて気づいたら10年以上軽く経っていたというのはよくあることです。
エミール・クストリッツァ監督は「アンダーグラウンド」に絡む政治的論争に嫌気がさして一旦は監督業を引退、でもやっぱり撮るわ、と再び作り上げたのがこの「黒猫・白猫」で、政治的思想的描写を完全排除、ドタバタ大騒動とユーモアと家族と愛とハッピームービーを徹底追求しました。
これはもしかしたらヤケクソだったのではないかとすら思えます。
「こらお前ら。政治なし思想なし啓蒙なし怒りなし何もなしじゃ。脳天気コメディじゃ。タイトルもキュートに受け狙いの『黒猫・白猫』じゃ。ただおもろいだけじゃ。文句あるか」と、突きつけているように感じます。いやほんとうはどうだか知りませんけど。
しかしこのヤケクソハッピームービー「黒猫・白猫」、ふたを開けてみればその面白さに世界が大絶賛。エミール・クストリッツァがもともと持っていたユーモアの感覚や博愛感や陽気さがダイナミックに出現しています。ただのヤケクソではここまでいい映画は作れません。
さて「黒猫・白猫」というタイトルを聞いてイメージするのはソフトタッチの日常風景や軽いユーモア洒落たセンスのフランスほのぼの映画でありましょうか。もしそうなら大間違いです。このタイトルだけの印象から、何となくそう思っていたなんて人もいるかもしれません(わしじゃわしじゃ)
「黒猫・白猫」は、騒がしくて荒っぽく、ざわついていて落ち着きなく、ごちゃごちゃしていてジプシーで動物で、おかしな会話と音楽で、詐欺と宴とじいちゃんかっこいい!で出来ていますよ。
このような混沌をこんな風に描き倒せるのは世界でエミール・クストリッツァただひとり。特殊です。
冒頭は、父ちゃんの一人カードゲームのつぶやきからです。その父ちゃんと息子のやりとり、ロシア船物売り男との攻防、異世界のような川沿いの不思議な場所で物語がはじまります。ここはどこ、これから何が始まるのと、全く予想できません。
父ちゃんはゴッドファーザーを訪ね、怪しい儲け話の出資を持ちかけます。父ちゃんの父ちゃんとゴッドファーザーは親友らしい。それで「父は死んだ」と嘘を言って香典代わりに金を巻き上げます。さらに別のチンピラにも出資を持ちかけます。ゴッドファーザーにもチンピラにもそれぞれ家族がいてそれぞれの事情があります。いろいろ絡んできます。
そして超可愛いヒロインが唐突に登場します。男勝りの活発なイダはおばあちゃんと暮らしています。
このブランカ・カティッチが演じるイダの可愛いこと。陽気で明るい太陽のような女性です。この笑顔。この感情表現。超いい感じ。後の作品「ライフ・イズ・ミラクル」のナターシャ・ソラックとも似たテイストの得も言われぬ可愛さであります。
「太陽に恋して」(2000)、最近では「パブリック・エネミーズ」(2009)に出演していますね。
「黒猫・白猫」の音楽ですが、ネレ・カライチリに打診したことをきっかけにエミール・クストリッツァはノー・スモーキング・オーケストラに再加入、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラとして全面的に音楽を担当します。
デビュー当時はパンクバンドでしたが、いろいろあって「黒猫・白猫」からバルカン半島の伝統音楽をベースにした混合音楽の形態となり、以降のクストリッツァ作品のほとんどを担当するようになりました。
まあなんせこの映画でも音楽をおもっきり堪能出来ます。
入院しているおじいちゃんのところへバンドを連れた孫がやってきていきなり演奏をはじめると、ぐったりしていたおじいちゃんが「Musica!」と叫んでむくりと起き上がり元気になったりします。すばらしいですね。
「アンダーグラウンド」が2枚組で再発売されたようです。幻のとかカルト的とか言われていましたが再発で誰もが体験できるようになって喜ばしい限り。
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