コリン・ファースが英国王の次男を演じます。王の資質は十分あれど、演説でどもる吃音症に悩んでいます。お抱え医師の治療では改善せず、奥様の機転と計らいで下町の自称言語聴覚士ローグと出会い、彼との交流、あるいは精神分析的なセラピーと特訓で徐々に克服していくという、あらすじだけを見るとただの根性主義的なありきたりな克服物語と思われがちなそんな映画です。
が、その実態は丁寧で凝った作りと役者の名演技、きめ細やかな脚本と説得力のある演出でもって圧倒的な威力で観る者の心を掴むたいへんな良作。
どもりの国王という設定は個性的ですが、聴覚士ローグの設定や性格、友情や亀裂、定番な展開とクライマックスには大きな捻りがありません。
でもそんなことを気にさせない説得力のある脚本が物語を練り上げます。予想通りの展開には安心感はあれど稚拙さや雑さはまったくありません。
「シングルマン」でも渋い演技で高評価を得たコリン・ファース、「英国王のスピーチ」での演技も見事です。性格設定にもブレがなく心理状態までをも演技しつくします。
セラピーを行う変わり者ローグを演じるジェフリー・ラッシュは「シャイン」でアカデミー賞男優賞を受賞した経歴の持ち主。「ライフ・イズ・コメディ!」でピーター・セラーズの役をやったオーストラリア出身の俳優です。劇中でもオーストラリア人の設定でした。「ディボース・ショウ」にも出ています。
妻エリザベスの役柄がびしっとこの映画を締めています。とてもよい設定で好感度超高めです。いいですね。エリザベスを悪く言う人はさすがにいないということでありましょうか。演じたヘレナ・ボナム=カーターは沢山の映画に出演しているロンドンの売れっ子女優で上流階級出身です。現在ティム・バートンのパートナーだそうです。
「英国王のスピーチ」では素晴らしい映像美も堪能できます。歪みのない広角レンズによる迫力の映像も満載。宮殿の内装も美しい。いいですね。
英国の王族と言えばモンティ・パイソンでは笑いのタネです。「上流階級馬鹿レース」とか酷い扱いです。
どもりの王族なんてのもある種の人が扱えば差別的ブラックギャグの恰好のネタになりましょう。イギリスでは王族ネタはギャグになりパロディになりタブロイド紙のネタになりパパラッチを呼び、惨憺たる状態です。
昔は日本の天皇家もイギリスのように大らかなネタになればいいのにと思ったりしていましたが、イギリスはイギリスでもうちょっと節度ないんかいと思うような度が過ぎた扱いもままあります。
現代において、イギリスにとっての王族とはどういう存在でしょう。象徴天皇と少し似ていますがまたちょっと違います。宮殿の周りを散歩していたりして、観光の対象だったりもします。天皇というよりも、映画村のお侍さんに近いのではなかろうかなんて思ってしまいますが詳しくは知りません。
さて「英国王のスピーチ」でのクライマックスは第二次大戦の勃発、ドイツのポーランド侵攻を受けてイギリスが宣戦布告す日です。国王となったジョージ6世が英国民に向けて国民を鼓舞するラジオ演説を行います。団結と覚悟を促す演説シーンですがそれに対して否定的な見方なんぞ出来ません。固唾をのんで国王の演説を見守ります。定石、オーソドックス、ありきたり、何とでも言え、説得力ある出来の良いクライマックスを前に否定的な気持ちなど微塵も湧きません。
ここで使用される音楽にぶっ飛びます。そうです。映画製作陣がその魅力に取り憑かれ、どんなオリジナル曲よりもこれを使用して観客の心理を超盛り上げるベートーベンの交響曲第7番第二楽章です。
多くの映画で使われておりますが個人的には何と言っても「アレックス」での使われ方です。名曲ですが「アレックス」で打ちのめされる以前はさほど気にとめている曲ではありませんでした。「アレックス」以降はあの曲が鳴るだけで胸騒ぎです。
「英国王のスピーチ」では感動的な曲として使われます。胸騒ぎを起こしているのは個人的体験に基づいているだけですが、曲そのものの力と相まって、力強いクライマックスとなりました。
アカデミー賞では「英国王のスピーチ」と「ソーシャル・ネットワーク」が争ったそうですがどちらも良作、レベル高いですね。