これはアキ・カウリスマキ作品の中でも相当に好きな作品です。これを観たときはまだ全作を制覇していない時期なのでいろんな意味でのカウリスマキ作品を観るコツというか心構えというか免疫というか、まだあまりなかった頃です。それゆえこの「愛しのタチアナ」を観たときの衝撃と言ったら、もうね、凄いものでした。面白すぎてひっくり返りました。
今振り返ってみても、この「愛しのタチアナ」と「ラヴィ・ド・ボエーム」は大好きレベルが異常な高さなのです(超個人的尺度)
お話はですね、二人の男が旅に出るんです。で、二人の女性に出会うんです。で、一緒に行くんです。
基本それだけのことなんですが、そこはかとなく漂う曲者感とクールさ、身をよじるヘンテコさやもどかしさ、カッコ良さとカッコ悪さにしびれます。すべての説明を廃した潔さはもはやハードボイルドの域です。
コーヒーばかり呑んでいる男とアメリカンロックかぶれの二人の社会不適合者別名駄目人間系の男が言葉少なに旅をして、途中で会う女性二人を巻き込みます。男らしいのか軟派なのか恋なのかやる気があるのかないのか内気でロックで何がなにやら分かりません。片や女性二人組も大概なもので、まともなのか変人なのか内気なだけなのかさっぱりわからないこれまた妙な人たちです。
彼らの無言の旅はコミカルなだけではなくたまらない渋さを感じます。こんなクールな旅見たことない。子供のようにはにかんで積極性のかけらもない彼らの恋にはほのぼの感を通り越して不条理感も通り越してある種ハードボイルド感を感じずにおれません。この作品のマッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンの絡みはもはや神業です。
そういえばマッティ・ペロンパーの遺作になるんですか?あぁ。何という才能の喪失。以前来日されたときに是が非でも出向くんだったと随分経ってから後悔してももう遅い。
めずらしく不思議なガジェットが登場します。ひとつは車に設置するコーヒーメーカーのようなもの、もうひとつは同じく車に設置するレコードプレイヤーです。最初はふーん、と普通に見てるんですがよく考えたらこんなヘンテコなものは見たことがありません。まるで近未来SFの装置、あるいは昔の人が考えた懐かしい未来の夢です。
アキ・カウリスマキ映画は時代を特定する時事的な描写を避けて作られているような節があります。強いて言えば50年代の懐かしさを伴う雰囲気がありますが、基本的に時代を不明確にして普遍的な世界を描こうとしているようにも思えます。
田舎、都会、旅、男と女、船、お店。描いているものは実に簡潔で普遍的な、象徴的なものです。おっと象徴なんて言ってはいけませんね。
というわけで観たのは随分前ですが「愛しのタチアナ」でした。記憶も怪しいですが面白かったことだけは強烈に憶えてます。DVDの入手も難しくなっておりますがレンタル屋にまだあったりしますので変な物好きの大人のあなたにぜひ。
“愛しのタチアナ” への1件の返信