長崎の漁村で暮らす青年とその家族、博多に出て奔放に暮らす娘とその両親、孤独な店員、その他その他。ある殺人事件を巡ってこれら人々が翻弄されます。丁寧に描く日常と殺人事件のミステリーが映画を盛り上げまして、緊張感と不穏な空気が漂う前半は見応えたっぷり。
悪人は誰か、何をもって悪とするのか、日常の中に紛れ込んだ非日常や人間の持つ多面性というようないくつかのテーマと共に、中心人物は誰なのか、どんな破局的展開をするのか、どのようなカオスが待ち構えているのかといった映画的期待と予感に満たされます。
どろどろした陰湿な世界を描き出すのは日本映画の得意とするところ。樹木希林と柄本明の超絶演技力と相まって、息苦しくなるようなドラマが展開します。なかなか素晴らしいです。
時々、半ば自動化された典型的な薄っぺらい描写も鼻につきますが、そんなことは些細なこととして見逃せるでしょう。
前半までは。
この映画、途中から様子が変わってきます。
後半、殺人犯と駄目人間大好き女性が手に手を取って逃避行する青春逃避行劇と化します。突如として違う映画になったかのようです。前半では気にならなかった半ば自動化された典型的な薄っぺらい漫画的セリフと演出が堰を切ったように頻出し、どんどん鼻についてくるようになります。くどいシーンも多く、所謂映画的ドラマ的に使い古されたお約束心理描写や情景描写にも音楽過多にもちょっと呆れてきます。
かろうじて我慢できるのは登場人物の喋る九州弁のおかげでした。私は九州人ではないのでその方言がどこまでネイティブらしさを持っているのかわかりませんが、とても耳障りの良い美しいイントネーションは安っぽいセリフをきっちり深みへと案内してくれます。
実にもったいない作品でした。前半はあれほど良かったのになあ。
そういうわけで、見終わって気づきましたが、どうやらこの後半がメインのお話で、前半は状況を作り出すための前振りというか設定部分であったようです。
個人的には前半こそを評価しておりますので、後半はまあ仕方がないなと半ば諦めて乍ら見するという、そのような見方があってもいいんじゃないかと勝手なことを思うております。
もちろん後半の逃避行劇に心を鷲掴みにされるような方もおられましょうし、見方は人それぞれですよね。
深津絵里が駄目人間を熱演して高評価を受けたそうです。幸の薄そうな儚い感じが上手だったのですね。
しかしやはり柄本明と樹木希林に尽きます。特に柄本明の凄みは貴重です。彼らの演技はきっと現場のスタッフを凍り付かせたことでしょう。ただしこちらも残念なのは後半の説明的な脚本とセリフでして、どうして体や目で表現しつくしている演技を解説のようなセリフで補足してしまうんでしょう。このくどい脚本は「ポチの告白」でも強く感じた蛇足感と同じ特徴を持っています。
忘れてはならない満島ひかりです。「愛のむきだし」で見せたのと同じ迫力は健在。この子の演技はなかなかすごいです。一見、そこいらのねえちゃんですが、アイドル風ショットも鬼気迫る醜態も両方びしっとやりきります。
ところで長崎の漁村、雰囲気いいですね。行ってみたい。
主人公たちがデートで立ちよる料理屋さんも大変いいです。イカ最高。あの店、どこにあるんでしょう、現実にあるお店なら是非行ってみたいです。イカがすごく透明度高かったから、北の方でしょうか。